<神の恩寵と因果応報> | 眠れぬ夜に思うこと(人と命の根源をたずねて)

<神の恩寵と因果応報>

多くの善男善女が、これほど多くの苦しむ人々、非業の死を遂げる無念の人々を前にしながら、どうして神は何もしてくれないのかと無邪気に尋ねる。

しかしながら、現実の世に起こるあらゆる出来事に偶然はないと私は思う。全てに原因があり、そしてその原因にふさわしい結果が待ち受けるのではないだろうか。それが因果応報である。因果応報の存在もまた神の存在と同じく、それを感じるしか認識の手立てがない。しかし、あると実感する者にとってはまぎれもない真実なのである。

因果応報は、この世界の壮大なドラマを創り出すのに欠かせぬ法則であり、これを安易にくつがえすならば、世界はその存在意義を失ってしまうことになりはしないだろうか。神が何もしないようにみえるのはその故である。
我々の目の前で起こるあらゆる事象は、常に原因を伴う。そして、その結果もまた、それを受け取るにふさわしい人が、完璧なタイミングで受け取ることになるのだと私は思う。

しかし、そうした因果応報の法則を覆すことができるのも、やはり神をおいて他にはないことだろう。それは神に帰依する者の純粋な祈りによって行われる奇蹟である。人の手によって最善が尽くされた上で聖なる祈りが捧げられたならば、神の恩寵により、願いは聞き届けられることだろう。そして、その成就は我々の霊的進化に深く関わってくるに違いないのである。