<エビデンスのない話(7) 五十肩の原因> | 眠れぬ夜に思うこと(人と命の根源をたずねて)

<エビデンスのない話(7) 五十肩の原因>

もともと、五十肩というのは慣用名であり、病態生理を反映した病名ではない。多くは、加齢以外に特別な原因を認めることのできない外傷なき肩痛を指してこう呼ばれ、実際は肩関節周囲炎であるとか、腱板炎などと診断される。鑑別疾患としては結晶誘発性の炎症や頚椎症性神経根症などが挙げられるが、ここでは肩原発の慢性疾患について、その原因を考察してみる。

キー・マッスルといえるのは、肩甲骨から起こり、上腕骨に停止する四つの筋肉だろう。それらは棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋であり、肩のインナーマッスルと呼ばれる一方、その停止腱に相当する各々の腱性部分は特別に腱板と総称される。腱板は肩関節の最深部で上腕骨を肩甲骨に結び付け、その構成成分は肩関節における種々の動きの力源でもある。肩関節周囲炎は腱板炎の別名が示す通り、腱板の構成成分に生じた異常を原因とする疾患であるが、その異常というのは、やはり、キー・マッスルの弛緩不全だと考えられるのだ。中でも、棘上筋、肩甲下筋の弛緩不全が著しい。

腱板は、上腕骨を肩甲骨に結び付ける水平方向にしか力学的な作用がなく、上腕骨を釣り上げているのは三角筋の作用によるといわれている。事実、腱板が断裂を来たし、機能不全に陥った症例では、三角筋の作用が優位となって上腕骨頭は極端に上方転位する。だが、機能不全は何も断裂ばかりとは限らない。弛緩不全によっても生じると考えられるのだ。実は、野球少年の投球肩に対し、腱板を構成する筋肉群を弛緩誘導すると、たちまち症状が軽減、ないし消失するのだ。少年たちは頻回の投球によって腱板が疲労性の弛緩不全に陥っており、特に、棘上筋の弛緩不全は、その解剖学的な停止位置から、上腕骨頭に対しては、ごくわずかながら上方への牽引成分として働くことが疑われる。そして、それによって生じた動作時における骨頭の軽微な上方転位が、肩峰下腔を狭小化せしめ、インピンジメントを招来するのではないだろうか。いずれにせよ、その牽引力は上腕骨頭に生じる骨端線離開の原因ともなり得るだろう。

このように、少年期の肩痛は腱板の構成成分における過緊張性の弛緩不全が原因と考えられるわけだが、その一方、中高年では低緊張性の弛緩不全が生じると考えられる。というのも、インナーマッスルである腱板の構成成分よりも、浅層にある三角筋や大胸筋といった筋肉群の方が相対的に筋量が豊富で強力なため、作用が重複する棘上筋や肩甲下筋には低緊張性の弛緩不全が進むと考えられるからだ。ゆえに、加齢とともにその傾向が顕著となることで、インピンジメントを来たすのかも知れない。あるいはインピンジメントの事実がなかったにせよ、それらの弛緩不全が腱板付着部に損傷を来たす力学的な要因となるのは、あり得る話ではないだろうか。

事実、肩関節周囲炎に対しては、その多くで腱板の弛緩誘導が奏功する。肩甲下筋のマッサージには即効性がある他、肩関節内外転の振り子運動や、内外旋の自動運動は、各々棘上筋、肩甲下筋に対するダイナミック・ストレッチとして作用するので極めて有用である。ただし、他動的にも可動域をなくしてしまった重度の拘縮肩、いわゆる凍結肩では、その治療手段は限られてくることになる。それは、腱板に生じた弛緩不全のエンド・ステージであり、腱板に生じた痛みのために、患者自らが肩を不動化することで生じる場合と、外傷を契機とする高度な断裂によって力源を失い、それを放置することで否応なく生じる場合の二通りがある。前者であれば、早期に弛緩誘導を行うことでエンド・ステージへの移行を未然に防ぐことができるものの、拘縮が完成してしまえば、肩甲上腕関節での可動性は消失し、最終的に肩甲胸郭関節の動きで代償された可動域を獲得するだけである。無論、それを以って治った、あるいは治したなどと思うことは、治療家として憚られるのは言うまでもない。ゆえに、そうなる前に、可能な限りの手立てを講じておく必要があるだろう。