<ある提言> | 眠れぬ夜に思うこと(人と命の根源をたずねて)

<ある提言>

近年、有名アナウンサーの自殺によって、線維筋痛症という難病が巷でも広く認知されるようになった。この病気、一般的に診断が難しく、原因も不明で治療困難とされているのだが、これまで<エビデンスのない話>で論じてきた筋肉の慢性弛緩不全という概念で以って理解を試みれば、その診断と治療において、さほど難しい病気とは言えないかも知れない。町医者の素朴な実感でいえば、この病気の本態は、全身の筋肉に生じた慢性弛緩不全に相違なく、その要因は慢性の脱水症と考えられるのだ。

通常、臨床的に問題とされるのは急性の脱水症であるが、実は慢性に推移する脱水症もある。この慢性の脱水症は、日々の水分摂取量の多寡や、嗜好する飲料水の種類といった諸々の生活習慣に起因する。我々の周囲は、アルコール類やカフェイン類など、利尿作用の強い飲み物や調味料、食材で溢れており、それらの過剰摂取に対して無頓着でいると、知らぬ間に脱水が進行してしまう場合があるのだ。また、一部の降圧薬の長期服用に伴う医原性の脱水もある。脱水は筋肉の弛緩不全を誘発するので、慢性の脱水は全身の筋肉に弛緩不全を生ぜしめることになる。わかり易く極端な話をすれば、全身の筋肉が、生きながらにして鰹節のごとく硬化、ミイラ化していくわけである。

実際、外来では、こうした慢性の脱水症を誘因とした症例に出くわすことがあり、そういう患者は全身のあちこちに痛みを患っている場合が多い。だが、それらの症状に対しては、脱水を補正した後、症状のある筋肉に対してダイナミック・ストレッチを施行することで、そのほとんどが顕著に治癒傾向を示すのだ。加えていえば、その種の患者は、ほぼ全例、線維筋痛症の診断基準を満たしてもいるのである。あるいは脱水がその直接原因でなかった場合であっても、筋肉の慢性弛緩不全という概念を受け容れ、そこに至る他の要因を追究することで、この疾患の特徴的な症状や所見の多くを、過不足なく説明し得ると期待されるのだ。

現代医学では、やれ遺伝子がどうした、フリーラジカルがどうしたなどと、とかく木を見て森を見ずといった類の研究が行われやすい。だが、そうした研究のスタイルだけでは、線維筋痛症に限らず、個別の素因で多様性を示す病気の根本原因を突き止めるのは難しくなってしまうのではないだろうか。診断の基本は、一元的に病因を考えることにある。そうであるなら、今後の整形外科領域、否、整形内科領域の研究に必要なのは、理論物理学にみられるような研究のスタイル、即ち、より普遍的に病状を説明し得る仮説を打ち立て、これを実験的あるいは臨床的に検証していくことだろう。