<Medical Dynamic Stretchingの実際②膝と腰> | 眠れぬ夜に思うこと(人と命の根源をたずねて)

<Medical Dynamic Stretchingの実際②膝と腰>

 

ダイナミック・ストレッチとMDSの違い
現在、ダイナミック・ストレッチはスポーツ前の準備体操のような位置づけにあって、医療現場でそれほど用いられているわけではない。なぜ、この方法に筋肉に対する弛緩作用があるかといえば、それは筋肉の収縮と弛緩とをコントロールする神経伝達機能の活性化が促されることによると考えられる。例えば、肘関節の屈曲を行う場合、主動筋となる上腕二頭筋には収縮を促す信号が中枢より送られる一方、拮抗筋である上腕三頭筋に対しては、抑制性の信号が送られることで滑らかな屈曲運動が可能となる。よって、関節の屈曲、伸展を交互に行えば、拮抗筋を演じる際に抑制性の信号が蓄積されて筋肉が弛緩すると考えられるのだ。この原理を応用し、より効率よく筋弛緩を得るように改良を加えたものがMedical Dynamic Stretching(MDS)である。MDSでは、主動筋を演じる際の負荷を軽減し、筋肉に疲労を蓄積させない状況で行うことになる。即ち、力んでしまわないよう限定的な関節可動域で、重力負荷を可能な限り軽減した状態で関節の自動ないし他動運動を行うわけである。脱力を目的とすることを徹底した上で、関節の屈曲伸展、あるいは内外転、回旋運動を反復する。この際、自動運動が困難であれば、アシスティブに行っても良い。反復する回数は最低50回からで、50回を行って特に問題がなければ100回以上を行う。適切な脱力のリズムを保つことができるなら、200回、300回と、行った回数の分だけ効果を得ることができる。

大腿筋群のMDS
具体的な方法を例示しよう。小児のオスグッド病や、変形性膝関節症の治療として有用であるのが、膝関節で行うMDSで、ターゲットは大腿四頭筋だ。まず、膝90度屈曲位で腰かけても両足が床に届かない十分な高さのある場所で、やや深めに腰かけ、膝屈曲120度を行っても踵が触れないだけの十分な後方のスペースを確保する。大人の場合、椅子に腰かけるのではなく、机やダイニング・テーブルに腰かけると良いだろう。この状態で、下腿を前方に30度、後方に30度の振幅でぶらぶらと振り子のように動かすわけである。大腿四頭筋をターゲットにする場合、屈曲を意識して動かし、伸展時に脱力を意識する。膝関節においては一秒間に一往復、即ち1ヘルツのリズムが基本となるが、関節の部位や運動の種類によって、それより少し速い場合と遅い場合がある。MDSの施行前に予め筋肉の圧痛の度合いをみておくと、後で治療効果の程を確認できる。アスリートの場合、競技前に500回、競技後に500回繰り返すと良いだろう。アスリートでない場合は、一日トータル500回程度を目標に据えると良い。

仰臥位で行う腸腰筋のMDS
次に、小児の単純性股関節炎やアスリートの腰痛、鼠蹊部痛、腰椎分離症、成人の変形性股関節症、腰椎椎間板ヘルニア、変形性腰椎症などに対して有用であるのが股関節で行うMDSで、ターゲットは腸腰筋だ。股関節及び膝関節伸展0度(屈曲0度)で仰臥位をとり、両足を肩幅程度に開脚する。その状態で、股関節における内旋運動を反復させる。腸腰筋には股関節の外旋作用があるので、内旋を意識して動かし、外旋時には脱力を意識する。股関節の回旋運動は屈曲伸展運動より少し速いリズム、1.2~1.3ヘルツで行う。
ちなみに、この運動は大腿部の筋肉群にも弛緩作用があり、鵞足炎には膝関節で行うMDSと併せて行うと効果的だ。最初は50回を行い、動きが滑らかで特に痛みを生じないなら、そのまま100回以上行う。アスリートの場合、膝で行うMDSと同様に競技前に最低500回、競技後最低500回が必要だ。高齢者であっても、一日トータル300~500回を目指す必要がある。

座位で行う腸腰筋のMDS
一方、股関節に屈曲拘縮が進み、股関節伸展0度(屈曲0度)をとることが困難な高齢者の場合、先の運動の代わりに足元を肩幅程度に開いて椅子に浅く腰かけ、股関節90度、膝関節90度屈曲位をとり、足元を床に固定した状態で両膝を外側に倒す運動を繰り返すと良い。股関節外転を意識しながら行うのがポイントで、両膝を内側には倒さないようにする。椅子から立ち上がる際に腰痛を伴う患者の場合、この運動をしばらく繰り返してから立ち上がるようにすると、難治性の腰痛を軽減もしくは消失させることができる。旅行者が長時間座位での移動を強いられるような場合、特に推奨される。運動のリズムは、膝関節でのMDSのリズムより少し遅めで、0.7~0.8ヘルツ程度が望ましい。これは、回旋運動よりも内外転の運動の方が大きくなることに由来する。多忙な者、気持ちに余裕のない者ほど、リズムが速くなってしまい、運動時に力が入って十分な効果が得られない場合があるので、注意が必要だ。
腸腰筋のストレッチを行う場合、上記の運動を両方行うことで、十分な効果が得られるが、腸腰筋の弛緩不全から二次的にタイト・ハムストリングスを生じているような場合は膝関節でのMDSも行う必要がある。

MDSは組み合わせて用いる
多くの場合、複数のMDSを組み合わせて単一の疾患に対応することになる。例えば、変形性膝関節症であれば、膝関節をまたいでいる筋肉の弛緩不全がその原因であるため、大腿筋群のストレッチと同時に下腿筋群のストレッチが必要になるという具合だ。下腿筋群のストレッチは、仰臥位で足関節の直下に枕を入れ、足関節を20~30度の振幅で底背屈を繰り返して行う。関節が小さくなると、運動のリズムもそれに応じて速くすべきで、足関節のMDSは2~3ヘルツで一度に100回以上、一日数回行うと良い。これは足趾におけるMDSと組み合わせて行うことで、小児のセーバー病、アキレス腱周囲炎、足底腱膜炎、腓骨筋腱炎、有痛性外脛骨症、外反母趾などに効果がある。足趾でのMDSは、屈曲伸展運動の他、内外転も有用だ。モートン病や外反母趾には足趾の内外転を行う運動が有効だが、動きがぎこちなくなってしまう場合がほとんどであるため、他動的に行う方が効果的だ。

筋組織内脱水と線維筋痛症
もし、上記の方法で効果が乏しい場合、あるいは痛みがひどくなるような場合、筋組織内脱水の存在が示唆される。鎖骨のすぐ下にある第一肋間を押さえて強い痛みを生じるようなら、そう考えてまず間違いがない。そのような場合、体重50キロあたり一日1500mlの水分摂取を確保し、カフェインやアルコールなど、利尿作用を含む飲料水の摂取を制限する必要がある。アスリートであるなら、発汗量に応じて適宜増量が必要だし、それは授乳婦でも同様である。かくのごとく飲水習慣を改善して数日後に再度MDSを試みれば、良好な結果が得られるはずである。逆に言えば、筋肉の弛緩不全のリスク・ファクターが、筋組織内脱水であるということができるわけだ。以前にも指摘した通り、線維筋痛症は、この筋組織内脱水が元で全身の筋肉に弛緩不全を生じた状態だと考えられ、その治療は適切な水分の摂取によって成し得る場合がほとんどだ。数日間かけて水分摂取を行った後、症状の強い筋肉に対してMDSを施せば、症状は激減、ないし消失する。難治例に共通するのは、罹病期間が長期化して、あれやこれやとやとクスリ漬けにされていたことだった。そのような症例では、MDSによって筋弛緩を得ても、脳がそれを認識できなくなってしまっているようだった。

痛みは警報装置
人体の警報装置である痛みに対して、痛み止めで以てそれに蓋をすることばかりしていると、そのしっぺ返しを食らうことになるのは必至なのだ。そういう意味で、今日みられるようなリリカやトラムセットの濫用は、医師の手によって病気を長引かせ、関節破壊を助長せしめる恐れが過分にあり、嘆かわしいことこの上ないといえるだろう。