<Medical Dynamic Stretchingの実際⑤前腕> | 眠れぬ夜に思うこと(人と命の根源をたずねて)

<Medical Dynamic Stretchingの実際⑤前腕>

 

へバーデン結節の治療
ある病気で、手の外科の専門医から大学病院を紹介された挙句、そこでも装具を渡されただけで、歳のせいだから仕方がないと諦めるように言われた患者が当院を受診してきた。患者の病名はへバーデン結節。手指の遠位指節間関節に生じる変形性関節症だ。一般的には女性に多い変形性関節症なので、ホルモンが関係しているだとかなんとか、怪しげな理屈で説明を試みられている病気である。ありふれた病気であるにも関わらず、手術が不要であるため、リウマチと異なり、整形外科の外来では、さほど本気で取り扱われることがない。このため、関節の外固定以外に有効な対策がとられることがなく、患者は泣き寝入りを強いられる羽目に陥る。整形外科医は装具で固定していれば痛みが治まるのでそれで良いと思っているようだが、装具を外して生活をし始めれば再び症状を患うことになるのだ。
しかしながら、筋肉の弛緩不全が変形性関節症の原因であると考えれば、この病気に対する治療もさほど難しいことではない。遠位指節間関節に軸圧を加える力学的成分である深指屈筋に生じた弛緩不全をうまく改善させることができれば良いだけだ。

前腕筋の弛緩不全が引き起こす疾患
実は、前腕の筋肉群が手指のモーターを担っており、ここを弛緩させるだけで、多くの疾患を治癒せしめることができるのだ。<エビデンスのない話>で詳述した通り、弾発指は隣り合う中手骨の間にある骨間筋を弛緩させることが有効で、肘部管症候群なら尺側手根屈筋、ケルバーン氏病なら方形回内筋、テニス肘なら前腕伸筋群、野球肘なら前腕屈筋群のストレッチが有効だ。前腕の筋肉群をMDSで弛緩させることで、従来なら手術を避け難かった数々の症例が、手術を必要としなくなるのである。先のへバーデン結節の患者もまた、水分摂取とMDSによって、長年患っていた手指の痛みから解放されることになった。無論、変形それ自体が治癒するわけではないのだが、関節可動域を残したまま痛みの消失に至ったわけである。通常、へバーデン結節の症状がなくなるのは、関節破壊が進行して末節骨と中節骨が変形癒合に至った場合であるので、関節軟骨を残したまま、しかも装具なしで日常生活を送りながら症状が軽快するのは実に意義深いことなのだ。

前腕筋のMDS
では、具体的なテクニックを詳述しよう。まず、上肢を下垂位にし、手関節の掌屈背屈を振幅30度程度でぶらぶらと行う。リズムは2~3ヘルツ。次に肘関節を90度以上屈曲させ、前腕の回内、回外運動を行う。リズムは同じく2~3ヘルツ。そのままの肢位で手指の全関節で、屈曲、伸展運動をふわふわ行う。リズムはやはり2~3ヘルツ。最後に、肩関節で行った前後方向への振り子運動を行う。弾発指の場合、MP関節での内外転を繰り返す運動を加える必要があるが、これは多くの場合、自動運動が困難なので、他動的に行うと良い。リズムはやはり2~3ヘルツ。いずれも50回ずつ一日数回を行う。適切な水分量が筋肉内に確保されている限り、ストレッチが著効し、早ければ3週間程度で症状の軽減を実感できるようになるだろう。治癒に至る期間は約3か月から半年。自験例では、ケルバーン氏病のほとんどが手術を要さなくなり、弾発指は過半数が手術不要となった。当然ながら、年齢的に若く、病初期に治療を始めた方が成績が良く、治癒に至るまでの期間も短かった。

ぶらぶら体操が病気を治す
かくのごとく、MDSは自力で病気を治癒せしめる最良の技術だ。もし、一般的に紹介するなら「ぶらぶら体操」とでもすべきだろう。目下、野球選手は肘の障害を米国で手術してもらうのがトレンドのようだが、本当は手術をせずに越したことはない。前腕の筋肉群に生じた弛緩不全をMDSでコントロールしておけば、肘関節周囲に滅多な怪我を負うことはなくなるのである。MDSにはスポーツで生じた疲労を速やかに取り除く効果があり、インターバルに用いれば怪我の防止に役立つだけでなく、競技力の維持にも貢献できる。東京五輪までに、アスリートたちには是非伝えておきたいものである。