<Medical Dynamic Stretchingの実際⑥頸椎> | 眠れぬ夜に思うこと(人と命の根源をたずねて)

<Medical Dynamic Stretchingの実際⑥頸椎>

 

フローズン・ネックの治し方
ある朝突然、起床時から首の痛みで頸椎が可動域を失い、借金があるわけでもないのに首が回らなくなってしまう病気がある。フローズン・ネックだ。小児の場合、リンパ節炎を原因とする炎症性斜頸であることも考えられるが、成人の場合、ストレート・ネックや後弯の重症化によって生じている場合が多い。それは斜角筋の弛緩不全によって生じているため、斜角筋をターゲットにしたMDSが著効するのであるが、初診時には筋組織内脱水が高じている場合がほとんどなので、無理やりMDSを試みるべきではない。急性腰痛症の場合も同様に、いったんは多めの水分摂取(体重50キロあたり1500~2000ml/day)を促し、筋組織内脱水の補正を行ってから、MDSを行う方が良い。筋組織内脱水の補正には最短でも二、三日を要するので、然る後にMDSを行うと良好な成果を得ることができる。その間は消炎鎮痛剤の処方もやむを得ないが、基本的には痛みに応じて安静を保つ必要がある。

MDSの前に脱水の補正を
実は、フローズン・ネックや急性腰痛症を患う症例では、大抵、線維筋痛症の診断基準を満たしている。これまでにも述べた通り、線維筋痛症は筋組織内脱水によって全身の筋肉に弛緩不全が生じている状態だと考えられ、フローズン・ネックや急性腰痛症では重度の筋組織内脱水が根底にある場合がほとんどなのだ。患者は、たまたま頸椎や腰椎に激痛を伴っているに過ぎず、本当は全身の筋肉に弛緩不全を生じている。よって、それらは、いかなる投薬よりも、水分補給が著効するのである。時折、年齢的に若く、これといった画像上の異常もなく、内科の病気があるわけでもないのに頑固な背部痛や側胸部痛を患う症例に遭遇する。実は、こういう症例もまた、筋組織内脱水を誘因としている場合が多く、脱水を補正して腸腰筋や斜角筋、肩甲骨周囲筋のMDSを行えば短期間に治癒に至るのである。

頸椎におけるMDS
では、斜角筋に対するMDSの詳細を説明しよう。まず、仰臥位をとり、頸椎の生理的前弯に沿うように頸椎後方に枕を入れ、下顎がやや上を向く軽度伸展位をとる。この姿勢から頸椎の屈曲、伸展運動を繰り返し行う。名前を呼ばれて頷く程度の小さな動きであることが肝心だ。次にいやいやをするように無理のない小さな動きで頸椎の回旋を行う。これはアシスティブに行っても良い。最後に、そうかしらと小首をかしげるかの如く小さく左右に側屈を行う。この動きはできない患者も多いので、アシスティブに行う方が良い。いずれも振幅は20度程度、10回ずつを5回通り行う。これを一日に数回行うと、斜角筋をはじめ、頸椎周囲の筋肉が弛緩する。痛みに応じてできるだけ小さな動きで行うことがポイントだ。運動のリズムは約2ヘルツ。このストレッチは肩こりや、交通外傷である頸椎捻挫の亜急性期以後の治療にも用いることができる。MDS施行の前後で斜角筋を押さえて圧痛の有無を比較してみると、このストレッチの効果が明瞭となる。基本的に神経根症状が強い場合、MDSは禁忌だが、痛みのない可動域で行うなら良いだろう。

薬物療法の意義
MDSは筋組織内脱水を補正してから施術するのがポイントで、脱水の補正に要するまでの期間は薬物療法でしのいでも良いだろう。しかし、筋肉の弛緩不全を改めずにペイン・コントロールのみに走れば、よからぬ結果を招くのが当然の帰結である。自然治癒力が円滑に働く環境を整えることこそ医師の仕事であって、医師が患者を治しているわけではないという謙虚な姿勢が治療家に必要なのだ。
痛みは生命が長い時間をかけて獲得した警報装置である。警報がやかましいからと言ってこれに蓋をすれば、将来の損失は過大とならざるを得ないのだ。消炎鎮痛剤やリリカ、トラムセットのような薬を安易に処方することは、警報に蓋をしてしまう行為に等しい。ゆえに、筋肉の弛緩不全が病気を招くという概念が全く顧みられることなく、これらの薬剤が用いられるのは大変危険なことだ。よって一日も早く、王様は自らが裸であることに気づく必要があるだろう。