眠れぬ夜に思うこと(人と命の根源をたずねて) -4ページ目

<エビデンスのない話(11) おまけ>

時々、患者から関節を動かす際に生じる音の原因を尋ねられることがある。これも、キー・マッスルの弛緩不全という概念がありさえすれば、それに答えるのは容易だ。
弛緩不全に陥った筋肉の起始、停止間に横たわる関節では、その軸圧が高じるために、関節軟骨同士が押し付けあって、ある種の結合を生じていると考えられるが、その結合が解かれる際に音を生じているだけの話ではないだろうか。たとえるなら、吸盤をはがす際に生じる音がそれだいえる。裏をかえせば、音の訴えがある関節をまたぐ筋肉には、弛緩不全が存在すると推定されるわけである。

また、小児期特有の下肢に生じる激烈な夜間痛や、生後10ヶ月前後からみられる空腹を原因としない激しい夜泣きの類も、この概念によって理解できるかもしれない。おそらく、日中の活動で生じた下肢筋の疲労性弛緩不全が背景となり、そこに脱水が伴うことで筋痙縮を生じているのだろう。あるいは、成長ホルモンの分泌に伴う骨格の成長が、骨膜を牽引して痛みを誘発しているのかもしれない。痛みの訴えが夜間に限定されるのは、そうした理由が考えられはしないだろうか。
この他、患者から痺れの訴えがある場合、筋肉の慢性弛緩不全を原因とする筋間での末梢神経圧迫や血流障害を考える必要がある。実際、これまで、神経根症や原因不明の神経痛として片づけられていた疾患の多くで、そうした症例が潜んでいる可能性が否定できない。漫然とした軽微な痺れの場合、種々の薬物療法よりも、キー・マッスルの弛緩誘導の方が、はるかに奏功する場合があるのだ。

ところで、整形外科の疾患ではないものの、顎関節症の患者がしばしば整形外科を受診することがある。勿論、それらの治療は専門医の手に委ねるべきではあるが、軽症ならば、頬にある咀嚼筋の弛緩誘導が奏功するので、試す価値がある。また、視力低下に関しても、毛様体筋の弛緩不全を原因の一つと考えるなら、視力回復には“テンポ良く”遠近交互に焦点を合わせるダイナミック・ストレッチが奏功すると期待できるだろう。その過緊張性の弛緩不全はチン氏帯を緩めることで水晶体を厚くさせ、近視を促すことになるし、逆に廃用性の弛緩不全は遠視を促すことになる。つまり、老眼とは、水晶体の変性のみならず、毛様体や虹彩における微小筋肉で生じた弛緩不全の終末像ともいえるのではないだろうか。

<エビデンスのない話(10) 終わりに>

既知の見解もいくらか含まれてはいるが、本稿は概ね町医者の診療経験と素朴な実感のみに基づいた論考である。その内容は既に専門化された複数の領域にまたがる提言であるため、本稿の全体像を一度に公の舞台で報告する機会はないかも知れない。しかしながら、そこに一抹の理が宿るなら、将来、これまでの整形外科の保存療法のいくつかは変更を余儀なくされることだろう。

実は私には苦い経験がある。以前、腰痛で受診した60代の元気な患者に対し、整形外科の伝統的治療を踏襲して腹筋訓練を指導した際、未確認の脳動脈瘤を破裂させてしまったのだ。幸い、この患者は救命処置が奏功して命を落とすことはなかったものの、障害を残すことは避けられなかった。
無論、それは不可抗力であり、別の理由で破裂しないとも限らなかったわけで、医療機関で発症したことは自宅でのそれより、救命という観点では有利ですらあったかも知れない。
しかし、これをきっかけに、もともと懐疑的だった筋力強化主体の保存療法に対して、さらに疑問を持つようになったことは間違いない。より安全で、より効果の期待できる方法を模索するようになったわけである。本稿でご紹介したダイナミック・ストレッチはその答えでもあるし、A.K.A.もまた、そういった観点で生み出された方法に違いない。ただ、ここで誤解のないように述べておくが、本稿で論じた治療法はいずれも可逆的な病期において効果的というだけで、エンド・ステージへと移行してしまった症例には必ずしも有効でない場合がある。

今日、患者の医学的知識や健康意識は著しく向上し、慢性疾患においては、そのごく初期に医療機関を受診する患者が増えているのではないだろうか。ゆえに、我慢に我慢を重ねて症状を悪化させてしまったかつての患者たちと比較して、現代の整形外科医が応じる症例は軽症例が増えているのかも知れない。けれども、そこで軽症例を軽んじるなら、整形外科の発展にとっても、また、患者の健康にとっても、決して良いことではないだろう。それは医者自ら、医者の喜びを放棄するようなものである。
多くの整形外科医はエビデンスの有無をとても重要視しているようだ。確かに、生きた人の体に侵襲を与える医者がエビデンスもなく、無暗に独創的な治療法を試すのは憚られる。しかし、エビデンスがないからといって、そこに真実がないとはいえず、赦される範囲で新しい治療は試みられて然るべきではないだろうか。

本稿が患者の健康と医者の喜びにわずかでも貢献できることを心から祈る次第である。

<エビデンスのない話(9) 下肢の疾患>

股関節に軸圧を加えるキー・マッスルは、腸腰筋以外にも大中小の臀筋や、梨状筋、大腿直筋などがある。それらの弛緩不全が幼少期の骨格に作用することで生じる疾患としては、単純性股関節炎やペルテス病を挙げることができるかもしれない。ペルテス病は比較的活発な男児に多いことが知られているが、それが示唆する通り、股関節周囲筋が、高所から飛び降りるなどの小外傷や疲労の蓄積による過緊張性の弛緩不全を呈していると考えられる。ゆえに、それは関節にかかる軸圧が高じて大腿骨頭に阻血性壊死を生ぜしめたことを原因とする疾患ではないだろうか。無論、その弛緩不全は、動作時の負荷をも増強させるので、骨頭の成長軟骨に加わる負担が大きければ、大腿骨頭すべり症を来たす誘因ともなるだろう。

そしてもし、本当に股関節周囲筋の弛緩不全が小児でペルテス病を引き起こすのであれば、それは成人で生じる特発性大腿骨頭壊死症の原因と考えることさえできるかも知れない。さすれば、それらの前駆症状に対しては、既に述べた臼蓋形成不全症や変形性股関節症と同じく、股関節周囲筋の弛緩誘導が奏功するはずだ。それは坐骨神経痛を来たす梨状筋症候群にしても同じことである。多くの場合、股関節周囲筋の弛緩誘導には仰臥位で股関節をぶらぶらと回旋させる自動運動が奏功し、それはまた腸腰筋の弛緩誘導としても効果が認められる。このほか、椅子に浅く腰掛けて足を床に固定し、股関節をぶらぶらと内外転させる自動運動にも、股関節痛や腰臀部痛に対する治療効果がある。

一方、膝関節の疾患は、既に論じたように、その大部分が大腿四頭筋をキー・マッスルとして生じる。たとえば、オスグッド病や、たな障害、変形性膝関節症などである。このうち変形性膝関節症については、膝関節に大きな軸圧を与える成分として、大腿屈筋群の存在も見逃すことはできまい。
この他にみられる膝関節周囲の慢性疾患として、腸脛靱帯炎なら大腿筋膜張筋がキー・マッスルだろうし、鵞足炎なら鵞足成分を担う筋肉群がそれだろう。鵞足炎が高じると、脛骨においては、その牽引負荷から外骨腫を生じる場合もある。これは鵞足成分の弛緩不全が持続するがゆえの正常な骨膜反応の結果であり、腫瘍そのものの病的意義は乏しいと考えられる。また、ベーカー嚢腫は、手関節におけるガングリオンと同様に、膝関節にかかる軸圧が高じて生じた正常滑膜嚢の成れの果てだと考えられるため、その治療は嚢腫の摘出よりはキー・マッスルの弛緩誘導だといえるだろう。その際、大腿側のみならず、下腿側の筋肉群にも弛緩誘導が必要となることには注意が必要だ。

下腿には、膝関節と足関節をまたぐ二関節筋の他、前腕と同様の多関節筋があり、疾患ごとに複数のキー・マッスルを有している。踵の痛みであれば、アキレス腱付着部炎や足底腱膜炎が診断として挙げられるが、それらを発症する背景には下腿後面の筋肉群の弛緩不全があると考えられるのだ。
実際、「足底」腱膜炎といわれながら、後脛骨筋や腓骨筋など、下腿筋の弛緩誘導が症状を緩和させる。それらは足底に停止部を持つがゆえに、足底のアーチに関わる成分である一方、足底腱膜の牽引成分でもあるわけだ。加えて、腓骨筋、後脛骨筋の弛緩不全は、各々腓骨筋腱炎、有痛性外脛骨症の原因ともいえるだろう。

ちなみに、後脛骨筋は長腓骨筋と並んで、開張足のキー・マッスルの一つでもある。ハイヒールによる足関節底屈位を長時間続けると、荷重負荷によって足部前方の横アーチを構成する靭帯成分を引き伸ばすだけでなく、後脛骨筋と長腓骨筋に低緊張性の弛緩不全を生ぜしめる。その結果、踵骨は外反し、両筋の機能不全から開張足を来たすと考えられるのだ。頚椎や腰椎において生じた生理的前彎の消失と同様の機序がそこにあるに違いない。
また、アキレス腱が断裂を来たす背景として、腓腹筋、ヒラメ筋の慢性弛緩不全があるのはいうまでもない。それらの牽引負荷はまた、小児においてはオスグッド病と同様の機序でセーバー病(踵骨骨端症)を生ぜしめると考えられる。さらに、ここに名前の挙がったヒラメ筋や後脛骨筋は、長趾屈筋とともに、シンスプリント(脛骨疲労性骨膜炎)のキー・マッスルでもある。

この他、前脛骨部の筋肉群の弛緩不全が、足背の滑膜嚢に腫大を生ぜしめる場合もある。おそらく、多関節筋であるそれらの牽引力が、足根骨周囲に軸圧として加わることで、小関節嚢に炎症を生ぜしめるのだろう。足背に生じる粘液嚢腫もまた、手関節に生じるガングリオンと同様、正常滑膜嚢の成れの果てだと考えられるわけだ。
また、足根管症候群にしても、手根管症候群と同様、屈筋支帯に対する牽引成分となる何らかのキー・マッスルがあるに違いない。そして、おそらくそれは後脛骨筋ではないだろうか。後脛骨筋腱は内果部で、その走行を大きく彎曲させているために、後脛骨筋の弛緩不全が間接的に屈筋支帯の牽引成分として働くと推論できるからだ。ひょっとすると、深横中足靭帯による神経の絞扼が原因といわれるモートン病も、本当は母趾内転筋横頭や骨間筋などに生じた弛緩不全こそが、その本質的な原因だといえるかも知れない。

いずれにせよ、これらの疾患には、一括して免荷状態で行う足関節や足趾での各種自動運動が奏功すると期待できよう。なぜなら、それらの運動には下腿筋群や足底筋群のダイナミック・ストレッチとしての作用があるからだ。そして、これら多くの症例で単なる休息だけでは問題の解決をもたらすことがないために、整形外科医自ら代替医療に活躍の場を提供している場合があるともいえる。

最後に、外反母趾を考えてみよう。足底は、手掌と相関して考えることができる。手掌においては、母指内転位を持続させることで生じる内転筋拘縮の存在が知られているが、同じことが足趾に起こったものが外反母趾だといえるだろう。即ち、母趾外反は、その内転筋における弛緩不全の結果と考えられるわけだ。ゆえに、きっかけは窮屈な靴の使用かもしれないが、その後、靴を変えても症状が好転しないのは弛緩不全が持続するからに他なるまい。よって、直接的には母趾内転筋の弛緩誘導が最も奏功するであろうが、他の下肢疾患と同様に、本症も複数のキー・マッスルを有していると考えられる。外反母趾は開張足に随伴する場合が多く、外反した踵骨のもとでは、それを起始部とする母趾外転筋の外転作用に支障を来たしていると考えられるため、その治療には足底筋群のみならず、下腿筋群の弛緩誘導も必要となるに違いない。

<エビデンスのない話(8) 上肢の疾患>

これまでの理屈から、上腕骨外側上顆炎、あるいは内側上顆炎は、その名から明らかなように、上腕骨外側上顆、内側上顆を各々起始部とする筋肉群の弛緩不全が原因の疾患であるといえるだろう。それらの慢性的な弛緩不全に伴う持続的な筋収縮が牽引負荷となって、同部に炎症を生ぜしめているだけの話だ。
病初期では、せいぜい筋腱付着部周囲に動作時の痛みを感じる程度だが、病態が進むにつれ、当該筋肉のまたぐ関節にかかる軸圧の高値持続が、関節それ自体の炎症や変形を招来する。その負荷が成長軟骨に加われば、上腕骨小頭に離断性骨軟骨炎を来たす誘因ともなるだろう。それらの障害は単に反復性のストレスが原因というのではなく、持続性のストレスが背景にあると考えるべきではないだろうか。慢性的な牽引状態があるからこそ、動作の反復によって過剰な負荷が加わることになるのだ。その結果、構造強度の閾値を越えてしまうのである。

上腕二頭筋及び三頭筋は二関節筋で、その起始、停止の間には肩関節、肘関節の二つの関節が存在し、それぞれの関節に軸圧を生ぜしめる成分となり得る。また、前腕の筋肉群は、その多くが、さらに複数の関節をまたぐ多関節筋であるため、その弛緩不全は肘関節のみならず、手関節、指関節に対しても軸圧を与えることになる。ゆえに、それらの筋肉群に生じた慢性弛緩不全が適切な弛緩誘導を受けることなく放置されれば、Wolffの法則に従い、各々の関節に変形性関節症を来たすのは自明の理なのだ。

実のところ、手関節、指関節周辺に生じる種々の疾患は、そのほとんどが前腕筋肉群の弛緩不全によってもたらされているといってよい。尺側手根屈筋の付着部炎を呈する手関節尺側の痛みは日常よくみかけるが、これには同筋の弛緩誘導が奏功するのはいうまでもない。また、手関節ガングリオンは原因不明などといわれているが、おそらく、それは月状骨周囲の関節面にかかる過剰な軸圧負荷と、それによる摩擦で滑膜炎を呈した正常滑膜嚢の成れの果てだ。事実、それらは前腕筋肉群の弛緩誘導で症状の軽減をみるのである。キーンベック病でも同じことがいえるだろう。高じた軸圧が月状骨の血流不全を招くために生じる疾患というわけだ。つまり、月状骨は、前腕筋肉群の弛緩不全に伴う応力を受けやすい部位といえるのではないだろうか。

指関節にしても、同様の考察があてはまる。へバーデン結節は遠位指節間関節に生じる変形性関節症だが、これは深指屈筋の慢性弛緩不全によって生じた終末像と考えられるので、病初期であれば、その弛緩誘導が症状の進行を抑制すると期待できるのだ。実際には、既に変形を来たした症例であっても弛緩誘導は奏功する。変形が治るわけではないものの、弛緩誘導によって、患者の多くは指関節周囲の不快感が軽減、ないしは消失したことを実感するのである。即ち、手関節、指関節等、前腕部での各種自動運動を反復するダイナミック・ストレッチがその具体的な治療法となる。無論、前腕筋群のスタティック・ストレッチやマッサージも有効であるし、同部の干渉波や渦流浴といった、種々の物療も奏功する。

この他、腱鞘炎もまた、筋肉の弛緩不全を原因として考えることが可能だ。腱鞘炎とは、腱鞘の内腔が狭小化し、その状態が持続することで腱と腱鞘との間に摩擦が生じて起こる疾患だが、腱鞘の内腔を狭小化せしめる原因こそ、そこに作用する特定筋肉の牽引力だと考えられるのだ。ゆえに、腱鞘に作用する牽引力が取り除かれない限り、摩擦は軽減することがないので、やがては腱鞘のみならず、腱そのものにも炎症性肥厚が生じることになる。結果、狭くなったものに対して太くなったものが通過するために弾撥現象を生じるのである。そして、その摩擦は同部にさらなる炎症を惹起する。即ち、結果が原因となる悪循環の存在が症状を難治化させるわけだ。とすれば、この腱鞘に作用する牽引成分を特定し、それに弛緩誘導を施すことができさえすれば、腱鞘炎の多くは、それが病初期である限り、注射も手術も行うことなく治癒せしめることができるはずである。

そして実際、それは可能である。弾撥指において腱鞘を牽引する成分となるのは、中手骨骨間部にある小筋群であり、それらは解剖学的にみて、直接、腱鞘を牽引しているわけではないものの、間接的に腱鞘の牽引成分として作用している可能性が高い。なぜなら、それらを弛緩誘導するだけで、弾撥現象はたちどころに緩和、ないし消失するからである。具体的にいえば、弾撥指では指の内外転を繰り返す自動運動がダイナミック・ストレッチとして奏功する。無論、他動的に患指と隣接指との間を開かせるスタティック・ストレッチや、中手骨骨間部の圧痛点におけるマッサージも有効だ。そもそも、本症は手指を固く握りこむことを契機として発症するわけで、こうした中手骨骨間部の小筋群に弛緩不全が生じていたとしても何ら不思議はない。骨間筋の持続収縮によって生じた牽引力が、矢状索を介して指屈筋腱腱鞘に作用しているだけの話なのだ。
同様に、ケルバーン氏病なら、手関節近傍の掌側にある方形回内筋が腱鞘を牽引する成分として作用しているのかもしれない。事実、ケルバーン氏病では同部に圧痛を認めるだけでなく、そのマッサージや、前腕回内外を反復する自動運動などが奏功する。

このように、絞扼を病因とする疾患は、その絞扼成分に何らかの牽引力が働くことで絞扼を生ぜしめていると考えられるのだ。こうした理屈から、手根管症候群なら横手根靭帯の牽引成分として作用すると考えられる母指球筋や小指球筋の弛緩誘導が奏功するであろうし、変形性肘関節症に続発した肘部管症候群でも、絞扼靭帯の牽引成分に弛緩誘導を施すことで、その病初期なら保存的に加療できるだろう。おそらく、そのキー・マッスルは上腕骨内側上顆を起始部とする尺側手根屈筋である。さすれば患肢を固定して安静を保つよりは、ダイナミック・ストレッチを施した方が治療として有効であるに違いない。同様に、前骨間神経麻痺や後骨間神経麻痺の類も、それぞれ円回内筋、回外筋などを弛緩誘導すれば症状を軽減できるかもしれない。デュプイトレン拘縮にしてみたところで、軽症例ならば手掌腱膜の牽引成分である長掌筋の弛緩誘導が奏功すると期待できよう。

以上より、これまでバラバラに考えられていた整形外科の慢性疾患は、筋肉の慢性弛緩不全を原因として、一元的に解釈できるのである。そして特筆すべきは、これら慢性疾患の終末像が存在するという事実それ自体が、とりもなおさず、それらの弛緩不全を放置して自然治癒に任せていても、治ることのない場合があるという証なのだ。

<エビデンスのない話(7) 五十肩の原因>

もともと、五十肩というのは慣用名であり、病態生理を反映した病名ではない。多くは、加齢以外に特別な原因を認めることのできない外傷なき肩痛を指してこう呼ばれ、実際は肩関節周囲炎であるとか、腱板炎などと診断される。鑑別疾患としては結晶誘発性の炎症や頚椎症性神経根症などが挙げられるが、ここでは肩原発の慢性疾患について、その原因を考察してみる。

キー・マッスルといえるのは、肩甲骨から起こり、上腕骨に停止する四つの筋肉だろう。それらは棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋であり、肩のインナーマッスルと呼ばれる一方、その停止腱に相当する各々の腱性部分は特別に腱板と総称される。腱板は肩関節の最深部で上腕骨を肩甲骨に結び付け、その構成成分は肩関節における種々の動きの力源でもある。肩関節周囲炎は腱板炎の別名が示す通り、腱板の構成成分に生じた異常を原因とする疾患であるが、その異常というのは、やはり、キー・マッスルの弛緩不全だと考えられるのだ。中でも、棘上筋、肩甲下筋の弛緩不全が著しい。

腱板は、上腕骨を肩甲骨に結び付ける水平方向にしか力学的な作用がなく、上腕骨を釣り上げているのは三角筋の作用によるといわれている。事実、腱板が断裂を来たし、機能不全に陥った症例では、三角筋の作用が優位となって上腕骨頭は極端に上方転位する。だが、機能不全は何も断裂ばかりとは限らない。弛緩不全によっても生じると考えられるのだ。実は、野球少年の投球肩に対し、腱板を構成する筋肉群を弛緩誘導すると、たちまち症状が軽減、ないし消失するのだ。少年たちは頻回の投球によって腱板が疲労性の弛緩不全に陥っており、特に、棘上筋の弛緩不全は、その解剖学的な停止位置から、上腕骨頭に対しては、ごくわずかながら上方への牽引成分として働くことが疑われる。そして、それによって生じた動作時における骨頭の軽微な上方転位が、肩峰下腔を狭小化せしめ、インピンジメントを招来するのではないだろうか。いずれにせよ、その牽引力は上腕骨頭に生じる骨端線離開の原因ともなり得るだろう。

このように、少年期の肩痛は腱板の構成成分における過緊張性の弛緩不全が原因と考えられるわけだが、その一方、中高年では低緊張性の弛緩不全が生じると考えられる。というのも、インナーマッスルである腱板の構成成分よりも、浅層にある三角筋や大胸筋といった筋肉群の方が相対的に筋量が豊富で強力なため、作用が重複する棘上筋や肩甲下筋には低緊張性の弛緩不全が進むと考えられるからだ。ゆえに、加齢とともにその傾向が顕著となることで、インピンジメントを来たすのかも知れない。あるいはインピンジメントの事実がなかったにせよ、それらの弛緩不全が腱板付着部に損傷を来たす力学的な要因となるのは、あり得る話ではないだろうか。

事実、肩関節周囲炎に対しては、その多くで腱板の弛緩誘導が奏功する。肩甲下筋のマッサージには即効性がある他、肩関節内外転の振り子運動や、内外旋の自動運動は、各々棘上筋、肩甲下筋に対するダイナミック・ストレッチとして作用するので極めて有用である。ただし、他動的にも可動域をなくしてしまった重度の拘縮肩、いわゆる凍結肩では、その治療手段は限られてくることになる。それは、腱板に生じた弛緩不全のエンド・ステージであり、腱板に生じた痛みのために、患者自らが肩を不動化することで生じる場合と、外傷を契機とする高度な断裂によって力源を失い、それを放置することで否応なく生じる場合の二通りがある。前者であれば、早期に弛緩誘導を行うことでエンド・ステージへの移行を未然に防ぐことができるものの、拘縮が完成してしまえば、肩甲上腕関節での可動性は消失し、最終的に肩甲胸郭関節の動きで代償された可動域を獲得するだけである。無論、それを以って治った、あるいは治したなどと思うことは、治療家として憚られるのは言うまでもない。ゆえに、そうなる前に、可能な限りの手立てを講じておく必要があるだろう。

<エビデンスのない話(6) 肩こりの原因>

これまでの理屈は人体の他の部分であっても応用が効く。例えば、腰痛のキー・マッスルは腸腰筋であったが、同じ脊椎である以上、頚椎にも同様なキー・マッスルがあると考えられる。それは斜角筋だ。
斜角筋には、前、中、後の三つがあり、各々第三頚椎から第六頚椎、第三頚椎から第七頚椎、第五頚椎から第七頚椎の横突起を起始部として、前二者は第一肋骨に、あとは第二肋骨に停止する。その作用は吸気時の肋骨挙上であると同時に頚椎の前傾前彎に関わり、片側のみの収縮で同側に頚椎を側屈させる。
基本的に脊柱は頚椎、腰椎を問わず、四方八方から筋肉による綱引きで以って起立しており、後方からの牽引を担う固有背筋のカウンターバランスをとる成分が必ず前方にいくつか存在する。腰椎ではそれが主に腸腰筋であったが、頚椎では斜角筋がこれに相当するというわけである。

肩こりを主症状として来院する患者は、レ線上、頚椎生理的前彎の消失(時に後彎)を呈する場合が多い。これは、目線を下げた頚椎前傾姿勢を継続した結果、腰椎において長時間座位を継続したのと同様な機序で、頚椎に生理的前彎の消失が生じているのではないだろうか。
頭部の重量を支える局面での頚椎屈曲位においては、斜角筋の起始停止間の長さは短縮し、斜角筋自体はたるみを呈するため、頚椎前彎を維持する力学的な成分が損なわれてしまう。また、その姿勢を継続すれば、固有背筋や僧帽筋に負担をかける一方、斜角筋には低緊張性の弛緩不全を生じることになるだろう。
このため、頚椎伸展位をとって目線を上げようとする際には、斜角筋が伸展強制を受けることで種々の痛みを生じるようになると考えられるのだ。結果、斜角筋に対する伸展強制の影響や後方成分への負担を緩和させるべく、代償性に胸椎後彎は減少し、頚椎の前彎は、結果が原因となる悪循環を呈しつつ、失われていくというわけである。
また、こうした代償性の変化は胸椎のみにとどまらない。斜角筋の付着しない上位頚椎での伸展によって前方視野を確保しようとすることで、頚椎は全体としてS字状のカーブを呈する場合もあるだろう。同様に、前額面でこうした慢性弛緩不全が片側に偏れば、斜頚や側彎を来たすことも示唆される。

つまり、頚椎生理的前彎の消失といった形態異常は、肩こりの原因や誘因などではなく、斜角筋の弛緩不全に伴う結果だと考えられるのだ。いわゆるフローズン・ネックとは、この状態が悪化して、斜角筋、固有背筋の双方が重度の弛緩不全に陥り、頚椎にかかる軸圧が高じて不動化してしまった状態ではないだろうか。場合によっては椎間板線維輪に断裂を来たしているかもしれない。もとより、斜角筋の収縮力は頚椎に対して軸圧として作用するので、その弛緩不全は頚椎の椎間板変性や骨棘形成に多大な影響を与えることにもなる。三つの斜角筋による力学的な軸圧が重なり合うレベルで椎間板の変性が著明となるのは当然の帰結といえるだろう。
ゆえに、斜角筋の弛緩不全は頚椎症性神経根症や脊柱管狭窄症の遠因であると同時に増悪因子でもあるわけだ。のみならず、斜角筋が肋骨挙上にも関わることを考慮すれば、その弛緩不全は胸郭出口症候群の原因であるとも考えられる。即ち、前、中両斜角筋の弛緩不全で挙上された第一肋骨により、斜角筋三角が狭小化するため、腕神経叢の圧迫を来たす場合があるに違いない。少なくとも、圧迫型の同症はこれで説明できるはずである。
そもそも、生来の胸郭出口症候群など存在しないわけで、形態的な素因は原因とは成り得ない。発症前と発症後の違いとは、斜角筋の弛緩不全があるか否かに尽きるはずである。そう考えると、頚椎に関連した慢性疾患のほとんどで、斜角筋の弛緩誘導は奏功することが期待できる。逆に、斜角筋の弛緩誘導が無効であるなら、他の疾患を考慮する必要があるだろう。

では、この斜角筋の弛緩誘導をどう行えばよいだろうか。腰椎の場合と同様、固有背筋の緊張は頚椎に対しても軸圧として作用するので、斜角筋をストレッチするには、固有背筋由来の軸圧を緩和させた状態で行うべきである。病態の初期であれば、枕の形状や配置を工夫して、就眠時に頚椎前彎を保持させるだけでも効果は期待できるかも知れない。しかし、フローズン・ネックに至った症例では、それすら困難な場合がある。牽引療法はスタティック・ストレッチとして一定の効果は期待できるものの、既に骨性の変化を来たしているような症例では、不用意な牽引は神経症状を悪化させる恐れもある。となると、斜角筋のストレッチとして安全かつ有効なのは仰臥位でのダイナミック・ストレッチや斜角筋のマッサージということになるだろう。

興味深いことに、斜角筋に重度の弛緩不全を抱えた患者では、頚椎側屈の反復を促しても、仰臥位では回旋運動になってしまい、その運動には介助を要する場合が多い。おそらく、筋肉の協調運動に支障を来たしているのだろう。しかしながら、その弛緩不全の緩和とともに、それも可能となるので、やはり、筋肉の弛緩不全には神経伝達機能の低下が色濃く背景にあるといえそうだ。

これまで、頚椎の疾患といえば、頚椎アイソメトリック・エクササイズ、即ち筋力強化ばかりが推奨されてきたわけだが、筋肉の弛緩不全が原因の疾患に対してそれを行う場合、いくらかの注意を要するのではないだろうか。

<エビデンスのない話(5) 解決法>

腸腰筋の弛緩不全が引き起こす疾患には変形性股関節症も挙げられる。力学的に考えれば、同筋の弛緩不全は股関節に対しても軸圧として作用するので、これは当然の帰結である。その前病変となり得る臼蓋形成不全症では、形態的には長期間同じ状態が続いているにもかかわらず、実際に股関節痛を発症するのは30~40代からで、発症後は将来の股関節変形を見越して骨盤回転骨切り術の対象となる場合が多い。つまり、加齢に伴う股関節周囲筋の筋力低下が原因で痛みを発症し、病状が進行すると一般的に考えられているわけだ。だから、同症に対しては股関節周囲筋の筋力強化が推奨されている。

しかしながら、これまでの理屈に鑑みれば、痛みの発症に関与するのは股関節周囲筋の筋力低下というより、その弛緩不全にあることが示唆されよう。筋力低下は弛緩不全の結果に過ぎないというわけだ。ゆえに、股関節周囲筋の筋力維持と、その弛緩とを同時に達成することで、従来の保存的治療より病状の進行をはるかに抑制できるのではないだろうか。
実際、外来では、レ線上、明らかな臼蓋形成不全が認められるにもかかわらず、70代にいたるまで痛みの訴えがないばかりか、ほとんど関節裂隙の狭小化や変形を伴わない症例にでくわすことがある。そのような場合、詳しく問診してみると、体重の自己管理は勿論ながら、日常習慣から、腸腰筋をはじめ、股関節周囲筋の筋力維持と弛緩とに成功していると考えられた。即ち健康維持目的にプール通いを日課としていたのである。

なぜ、プール通いが筋肉の弛緩を促すのに役だったか。ここに、治療戦略のヒントが隠されている。もともと、関節の滑らかな動きは、複数の筋肉の収縮と弛緩とが同時にコントロールされたそれらの協調運動で成立しているが、それには神経を介した電気的な信号の伝達が欠かせない。同一姿勢の継続や運動不足の習慣化によって神経伝達機能が衰退すれば、それによって弛緩不全が生じるはずである。ならば、筋肉の収縮と弛緩とを繰り返す簡便なエクササイズだけで、筋肉それ自体にはさほど負荷を与えずとも、神経伝達機能を介した筋弛緩の達成が期待できるだろう。特定筋肉が主動筋と拮抗筋の役割を交互に果たすダイナミック・ストレッチの類が、これに相当するといえそうだ。拮抗筋を演じる際、収縮に対する抑制が働き、弛緩していくわけである。

ここでいうダイナミック・ストレッチとは、関節を免荷状態にしておき、その可動域で屈曲伸展、あるいは内外旋などの自動運動を反復するストレッチのことである。これはアシスティブに行っても良いが、神経伝達機能の回復と、その利用とを目的とする都合上、可能な限り自動運動で行うことが望ましい。平たく言えば、身体に力の抜き方を思い出させるわけである。通常、ダイナミック・ストレッチは関節可動域の拡大を目的として、その最大可動域を用いながらアシスティブに行われるが、本稿で推奨するそれは、筋弛緩を得ることを目的としているために、痛みを感じない程度の限定的な可動域で自動運動を繰り返すだけの極めて非侵襲的なもので、メディカル・ダイナミック・ストレッチ(以下、メディカル略)とでも呼ぶべき方法である。例えば、椅子に腰掛けた子供が、行儀悪く足をぶらぶらさせているあの状態が大腿四頭筋のそれに相当する。おそらく、筋肉の弛緩不全は神経伝達機能の衰退期のみならず、その発達期においても生じ易いに違いなく、子供たちの行う、あの落ち着きのない動きには意味があったと考えられるのだ。

実際、筋肉の弛緩不全を抱えて来院した行儀の良い子供たちの多くでダイナミック・ストレッチは奏功する。水中では免荷状態に近い条件が得られるので、そこで“ゆったりと”行うあらゆるエクササイズが、アイソキネティック・エクササイズに通じるばかりでなく、ダイナミック・ストレッチとしての作用も兼ね備えると考えられるわけだ。
ただし、“ゆったりと”とはいえ、このダイナミック・ストレッチが奏功するか否かは、収縮と弛緩とを繰り返すテンポ、そのリズムにかかっており、各々に時間をかけ過ぎても、また速過ぎても、力(りき)んでしまって良好な結果が得られないばかりか、かえって症状を悪化させてしまう場合があることには注意が必要だ。特に中高年では、熱心に取り組む真摯さが仇となってしまう場合も少なくない。しかも、高齢者においては、教えたはずのエクササイズが、ほどなくして別物にすり替わってしまうことも多く、外来では適切なエクササイズを頻回に確認することが重要だ。また、筋肉の協調運動が滑らかでない間はエクササイズの回数を制限しておく必要もあるだろう。

一方、一点を固定してゆるやかに筋肉を伸張させ、そこで静的にその状態を保つ方法がスタティック・ストレッチである。腸腰筋をストレッチする場合、患者を伏臥位にしてFNSTを行う要領で他動的に股関節最大伸展位をとると良いだろう。固有背筋をリラックスさせた状態で行うことがポイントだ。また、大腿四頭筋のストレッチであれば、同じく伏臥位で他動的に膝関節最大屈曲位で静止するのを繰り返すと良い。弛緩不全が解消されるに従い、徐々に踵臀距離は短くなって行くのがわかるだろう。
ストレッチの間合いは原則として患者本人の深呼吸のリズムで行うのが望ましいが、高血圧症の患者に行う場合は、間合いを短めにして、伸展強制も浅めにしておいた方が無難である。尚、スタティック・ストレッチはスポーツ等で生じた疲労性の弛緩不全には良い適応があると考えられるが、低緊張性の弛緩不全や脆弱な高齢者の筋肉には適さない。高齢者の筋肉が抱える機能不全は廃用性の変化が主体であるので、筋肉の過牽引は筋筋膜それ自体を損傷する危険があり、ダイナミック・ストレッチの方が推奨される。

このほか、マッサージによる圧迫も局所的なストレッチとして有効ではある。腸腰筋はインナーマッスルの類でマッサージは困難だが、唯一、鼠蹊部で弛緩を得ることができる。
ただし、弛緩不全状態の筋肉は圧迫によって痛みを生じるので、患者がマッサージに伴って生じる痛みを嫌う場合があることに注意が必要だ。特に、高齢者ではマッサージによって筋組織の破壊を来たしてしまい、かえって痛みを引きずってしまう場合がある。また、誤って腱性部分を圧迫しないよう注意せねばならない。収縮、弛緩の機能を備えた筋肉と比較すると、弛緩不全に陥った筋肉に牽引された腱性部分は可塑性に乏しく、不用意な圧迫は高齢者の筋肉と同様、組織を破壊するだけに終わってしまい、やはり、後々まで痛みを引きずってしまうからだ。ゆえに、臨床では、弛緩誘導としてマッサージを行うのではなく、キー・マッスルの部位特定やダイナミック・ストレッチの効果判定など、評価の手段として用いるのが望ましい。
ただ残念なことに、外来でこれらの弛緩誘導が奏功して症状の軽減をみても、速やかに症状の再発する場合は少なくない。ゆえに、こうしたストレッチに加えて、種々の物理療法や、筋肉の疲労回復や弛緩、疼痛緩和を図る薬物療法を併用し、相乗効果を狙うと良いだろう。

以上より、過緊張性、低緊張性の弛緩不全を問わず、また、若年者、高齢者を問わず、治療として汎用性が高いのは、ダイナミック・ストレッチであるということができる。そして、先に述べた日本整形外科学会推奨の筋力強化を目的としたエクササイズが、何ゆえ奏功する場合があるかといえば、それは筋力増強による効果として症状が改善するのではなく、ダイナミック・ストレッチとしての効能に負うと考えられるのだ。だが、関節に荷重負荷を与えるそれらの方法は、疲労が蓄積して生じるタイプの関節症には適さないし、エンド・ステージに移行した関節症状にも適さない。かのエクササイズが奏功するのは、全体として特定の条件を満たす限られた症例だけであり、こうしたエクササイズを金科玉条のごとく、十把ひとからげに推奨してのけることには問題があるといえるだろう。そもそも、負荷をかけるということは、運動時における関節の負担や筋腱付着部にかかる牽引力を大きくするので、怪我の元だといえなくもない。
仮に、ダイナミック・ストレッチとしての効果を狙うのであったとしても、それらは免荷状態で行うのが望ましいのはいうまでもないことだ。ゆえに、愚鈍な町医者としては、日整会が推奨するエクササイズが有効である症例を選ぶのに苦慮せざるを得ないのである。

<エビデンスのない話(4) 弛緩不全の種類>

筋肉の機能不全をもたらす原因は、大別して筋原性と神経原性に分けることができるだろう。そこで、整形外科領域で扱う疾患のうち、特殊な遺伝性疾患を除くと、筋原性の機能不全の原因の一つとしては反復性の過剰刺激、即ち、使いすぎで生じる疲労性の弛緩不全を挙げることができるかも知れない。
例えば、サッカー少年には分離症が多いといわれるが、この競技においては大腿の挙上を頻繁に繰り返すので、疲労性の弛緩不全が腸腰筋に生じ易いと考えられる。さらに、旺盛な回復力によって腸腰筋筋力それ自体が強化された結果、その弛緩不全が骨格に対する持続的な牽引力となって作用することで、骨盤の前傾及び腰椎前彎が増強する。そのため、伸び上がり動作では同筋による牽引力が過大となり、それが反復することで、ついには疲労骨折を来たすほどに椎弓にかかる負担も大きくなると考えられるのだ。この場合の腸腰筋に起こる弛緩不全は過緊張性の弛緩不全ということができる。

その一方、同一姿勢の長時間継続という生活習慣を誘因とする筋肉の機能不全もある。例えば、座位をとると股関節屈曲位となり、腸腰筋の起始停止間の長さが短縮すると同時に腸腰筋のたるみを生じ、骨盤の前傾と腰椎前彎を維持する力学的な成分は減弱するが、同様の状態が長時間かつ長期間継続されれば、腸腰筋は萎縮に向かうことになる。これが、姿勢から生じる廃用性の弛緩不全であり、過緊張性に対し、低緊張性の弛緩不全とでも呼べるだろう。
わかりやすく言えば、過緊張性の弛緩不全を呈した筋肉は弾性力を蓄えたゴムのイメージであり、低緊張性の弛緩不全を呈したそれは弾性力の減弱した紐のイメージである。後者では、萎縮に伴う筋力の低下、即ち張力の減衰によって、当面は当該筋肉におけるたるみの影響が優勢となるため、それが腸腰筋に生じた場合、徐々に腰椎の生理的前彎は失われていくことになる。だが、病期の進行に伴い、必ずしもそればかりではなくなってくる。つまり、エンド・ステージにおいては筋萎縮や筋拘縮の進行により、腸腰筋それ自体の短縮を招き、その低緊張性の弛緩不全においても腰椎前彎は増強することが考えられるわけである。

もともと、座位から立位に移行する動作では、股関節伸展に伴い、腸腰筋は急激な伸展を余儀なくされる。その際、腸腰筋には遠心性収縮が強いられることになり、そこにかかる負担は過大とならざるを得なくなる。このように、起立動作では、ただでさえ腸腰筋に過剰な刺激が加わるわけで、そこに弛緩不全を抱えていると、この伸展強制に対して筋肉が柔軟に対応できない場合があるのだ。急激な起立動作が伸展反射を誘発すれば、筋肉には反射性収縮を生じてしまうため、伸展強制によって腸腰筋それ自体を損傷したり、椎間板にかかる軸圧が高じて線維輪の断裂を来たすことが考えられるわけである。即ち、起立動作で生じる急性腰痛症とは、それらに類するケースがほとんどだと言ってよいだろう。また、そのようにして腸腰筋に何らかのダメージを抱えた場合、患者はSLRTそれ自体では痛みを訴えないが、下肢の下降時に痛みを訴えることになる。

いずれにせよ、腸腰筋を伸展させる姿勢が痛みを誘発するのであれば、疼痛を回避しようと股関節を支点として体が前傾姿勢をとり、固有背筋への負担が大きくなるのは必至である。この状態が継続すると、高齢者では円背が進むと考えられるが、比較的若い世代なら、前傾姿勢における股関節の屈曲角度はそのままに、固有背筋にかかる負担を軽減させようとして重心を後方におき、股関節、膝関節の両方で屈曲位を保つことで骨盤を後傾させ、上体を起こして腹筋筋力で立位を維持するようになると考えられる。即ち、結果が原因となる悪循環を呈しつつ、立位における骨盤の前傾及び腰椎生理的前彎は失われていくことになる。このため、重心が後方に移動することで、固有背筋の筋力低下や、それに伴う廃用性変化もまた、避けがたく起こってくるに違いない。のみならず、立位における股関節、膝関節屈曲位の継続は、それぞれ股関節伸展に関わる筋肉群や大腿四頭筋に対して過緊張性の弛緩不全を生ぜしめ、股関節や膝関節周囲に痛みを生じる原因ともなるだろう。時々目にする棘上靭帯の炎症もまた、おそらく、そうした一連の代償性変化によって、横突棘筋など、棘突起に停止する筋肉群に弛緩不全の生じたことを原因とするのではないだろうか。ひょっとすると、肋間神経痛の類も、同様の代償性変化で生じた肋間筋の弛緩不全で以って説明ができるかも知れない。

ここで特筆すべきは、同じように腸腰筋の弛緩不全を呈していながらも、弛緩不全にいたる過程や年齢、あるいはステージの相違など、個別の素因によって、形態的には腰椎の前彎が増強する場合と、逆にそれが失われる場合、並びに前傾姿勢や後傾姿勢など、相反する状態が起こり得るということである。また、そのように考えると、脊柱側彎症の原因の一つとして、片側に偏った腸腰筋の弛緩不全を想定できるかも知れない。例えば、脚を組んで座る生活習慣などがあった場合、腸腰筋の弛緩不全においては左右に偏りを呈することが考えられる。そして、その力学的な不均衡から、腰椎に形態的な変化を生じ、さらに、そこから代償性の変化が上位脊椎に及んでいくことで、脊柱は側彎を来たすと考えられるわけである。
総じて、スポーツ活動や肉体労働による過緊張性の弛緩不全は疲労性の変化である一方、低緊張性の弛緩不全は同一姿勢の継続という廃用性の変化といえ、高齢者の抱える重度の弛緩不全は、筋萎縮や筋拘縮が主体となる後者の終末像と考えられる。もっとも、実際には、年齢のみならず、体重の軽重、スポーツ歴や職業歴といった個別の素因が関わるので、各々多彩な臨床像を呈することになるだろう。

この他にも、寒冷刺激や、精神的なストレスが原因で生じる筋肉の弛緩不全が存在する。寒冷刺激にさらされると、体温維持を目的として、反応性に分泌されたアドレナリンの働きで筋肉は収縮し、熱を発生させるが、この際の収縮が持続してしまい、諸症状を誘発するわけである。精神的なストレスもまた、同様な内分泌の働きにより、弛緩不全を惹起してしまう。無意識のうちに肉体が防御姿勢をとろうとして種々の筋肉を収縮させるというわけだ。また、脱水や電解質バランスの失調、代謝の低下も弛緩不全の原因と成り得るだろう。さすれば末梢循環不全も弛緩不全の原因たり得るわけで、喫煙習慣が全身ありとあらゆる部位に弛緩不全を促す誘因となることは自明の理だといえる。そして、おそらくは急激な筋収縮を強いられた外傷を契機とする弛緩不全も多々あるに違いない。

こうして、筋肉を弛緩させる適切な処置(以下、これを弛緩誘導と呼ぶ)を受けることなく筋肉の弛緩不全が長期にわたると、可逆性の機能不全状態から、不可逆性の変化を呈するようになると考えられる。そして、そのようなエンド・ステージに移行してしまえば、治療手段は限られてしまう。そもそも、筋肉の弛緩不全は、単に休息しただけでは回復しない場合があることには注意が必要だ。筋収縮の結果として循環不全を来たしたような場合、弛緩に用いるエネルギーの供給不足から、自然な筋弛緩を得るのが困難となってしまうのだ。結果が原因となるような、ある種の悪循環が生じ、自然治癒力が妨げられてしまうわけである。

ゆえに、慢性疾患として現れる整形外科疾患の場合、その診断においては、症状を引き起こしている筋肉と、その弛緩不全の原因とを特定し、次に筋肉がどういう状態にある機能不全であるかを診断することが重要だ。患者が直接痛みを訴える部位とは異なる場所に原因が潜んでいるわけである。そしてもし、それが筋固縮に由来するなら、他科に治療を譲らねばならない。
もとより、町医者が外来で診る症例の多くは可逆性であり、適切な弛緩誘導を施せば、エンド・ステージへの移行を未然に防ぐことができるはずなのだ。ところが、現状、整形外科医は筋肉の機能不全を弛緩不全としてとらえるのでなく、収縮力の減退ととらえている感が否めない。変形性膝関節症の患者にスクワット等の大腿四頭筋訓練を指導したり、腰痛患者に腹筋運動(腹筋運動は腸腰筋訓練となっている場合が多い)を促したりしているのがその証拠である。しかし、筋肉の機能不全は収縮以前の弛緩不全の故であり、筋力強化を促すエクササイズの多くが症状を悪化させるのは、町医者ならば誰もが実感していることではないだろうか。実際、健康増進目的で自らが始めた歩行習慣やエアロビクスが原因の腰痛や膝痛は少なくないのである。

これまで、整形外科医の多くは起こってしまった結果ばかりに目を奪われ、原因であるところの筋肉の状態を見過ごしてきたといえるだろう。そして、それは他ならぬ私自身の反省でもある。
ここでは、弛緩不全を呈する原因を、素朴な実感から大雑把に述べてみたが、本来は、それらを追究することこそ実り多いはずであり、その成果は整形領域のさらなる発展に寄与するに違いない。

<エビデンスのない話(3) 腰痛の原因>

腰痛の原因としてもっとも多いのは筋筋膜性腰痛症である。そして、それを漠然と腰部固有背筋由来の症状だと考えている整形外科医は少なくない。だが、町医者の素朴な実感から言えば、腰痛の原因となっているのは腸腰筋の弛緩不全である。確かに、圧迫骨折などの外傷を契機とする腰痛であれば固有背筋由来の症状を考えてもよいだろう。しかし、そのような場合を除くと、たとえ固有背筋に痛みを伴っていたとしても、それは腸腰筋が弛緩不全を呈した結果、二次的に症状を患ったものである場合が多いといえる。

腸腰筋は、主に腰椎肋骨突起から起こる大腰筋と腸骨内面から起こる腸骨筋とから成り、鼠径靭帯の下にある筋裂孔を通り、内股にある大腿骨の小転子に停止する。その作用は股関節の屈曲であり、姿勢保持においては骨盤の前傾に関わる。また、それはインナーマッスルとしての性格上、その異常が見過ごされ易い上、日常生活においては、そこにストレッチの役割を果たす動作や姿勢が著しく不足しがちであるという特質を有している。
通常、腰痛の原因として整形外科医の治療を要するのは、腰椎椎間板ヘルニアや変形性腰椎症、脊柱管狭窄症などであるが、それらはいずれも慢性疾患であり、そこに至る過程が存在するのだ。そして、そこに難治化をもたらす要因が、この腸腰筋の弛緩不全だと考えられるのである。

腸腰筋が痛みを生むメカニズムを考察してみよう。腸腰筋の弛緩不全は、骨格における同筋付着部両端に牽引力として作用するため、その作用点で炎症を来たすだけでも痛みを誘発することになるだろう。特に大腰筋由来の張力は、力学的には腰椎に対し、軸圧として作用するだけでなく、腰椎全体を前下方に引き下ろす力としても働く。このため、成長過程にある若年期の骨格にその力が作用すると、椎弓にかかる負担が増大し、同部に疲労骨折を招来する原因となり得る。また、この疲労骨折が癒合不全に陥れば立派な分離症ができあがるというわけだ。この過程で生じる同部の炎症が痛みを生ぜしめるのである。
さらに、高じた軸圧は椎間板内圧を上昇させるため、線維輪を内側から外側に押し広げ、痛みを誘発することになる。椎間板は線維輪と呼ばれるドーナツ・タイヤ状の組織の中心に、弾力性に富んだ髄核と呼ばれる丸いゴムボールがはまり込んだ様な形状をしており、そこにかかる軸圧は、このボールを押し潰してタイヤを外側に押し広げる力として働くわけだ。ゆえに、構造強度の閾値を越えた軸圧がそこに作用すると、若年者では椎間板の線維輪に変性が少ないので、同部の断裂を来す前に椎体終板の破綻を招いてシュモール結節を呈したり、成長軟骨の破綻から隅角解離を呈したりすることになる。そして勿論、腸腰筋それ自体が筋挫傷や筋筋膜性疼痛症候群に陥って痛みを生じる場合もあるに違いない。実際、SLRTでは、下肢拳上時ではなく、その下降時に痛みを生じる場合があるが、これは腸腰筋に伸展負荷が加わるために起こる現象といえるだろう。

この段階以降、適切な治療を受けることなく腸腰筋の弛緩不全が持続すると、青壮年期に入っても椎間板に軸圧が加わり続けることになる。腰椎にかかる軸圧は椎間板を押し潰し、その膨隆を促すので、膨隆した椎間板が神経根を刺激することで椎間板ヘルニア様の下肢症状を呈する場合も考えられる。この時点で腸腰筋に弛緩を導くことができれば治癒することも期待できるが、弛緩不全が持続すれば、ついには線維輪の変性から断裂を来すことになる。これが椎間板ヘルニアの前病変というわけである。
仮に線維輪の断裂が起きなかったとしても、数十年にわたって継続する軸圧負荷は椎間板の変性を促し、また、Wolffの法則に従って加重部分で骨棘を形成するようになる。これが変形性腰椎症であり、それらは腸腰筋の慢性弛緩不全が招いた形態的な結果に過ぎず、腰痛の直接原因ではない。それはすべり症にしたところで同じことだ。ただ、その変形が脊柱管を狭窄せしめるならば、それが腰痛や下肢痛の原因となってしまう場合はあるだろう。即ち結果が原因となってしまうわけである。そして、そのようにして生じた痛みが、疼痛部位にさらなる弛緩不全を誘発し、新たな病態を生じる原因ともなり得ることだろう。

つまり、腰痛の原因と呼ばれる代表的な疾患は、おしなべて腸腰筋の弛緩不全に由来していたと考えられ、疾患の多様性は発症年齢や病期の相違など、個別の要素に依存するだけの話だといえそうだ。
変形性膝関節症も変形性腰椎症も、変形それ自体は膝痛や腰痛の原因などではなく、形態的な結果に過ぎない。本当の原因は特定筋肉の慢性弛緩不全として、一元的に解釈できるのである。

<エビデンスのない話(2) 膝痛の原因>

変形性関節症や腰椎椎間板ヘルニアは慢性疾患の形態をとる。このため、人工関節やヘルニア摘出術といった外科的治療は主に病期の後半、そのエンド・ステージで行われることになるが、それらには必ずそこにいたるプロセスが存在する。この過程の中にこそ原因が潜んでいるのだが、多くは加齢現象や力学的な反復性の負荷が原因として片付けられてしまっている。

しかし、町医者の素朴な実感からいえば、それは違う。結論を急ぐようだが、自己免疫疾患や遺伝性疾患を除いた整形外科領域における慢性疾患の大部分は、特定筋肉における、必要にして十分な柔軟性と伸展の得られない慢性弛緩不全というべき状態が直接的な原因で起こっていると推論される。疾患名が異なるのは、原因となっている筋肉(本稿ではこれをキー・マッスルと呼ぶ)の相違や発症する年齢の相違、あるいは病期の相違のゆえである。そして、筋肉の弛緩不全をもたらす要因が各々個別に分かれているに過ぎない。このように考えれば、高齢者の慢性疾患も小児期のスポーツ障害も、ほぼ一元的に理解され得るばかりか、原因となっている筋肉を特定し、当該部位が弛緩にいたる適切な処置を施すことができさえすれば、たちどころに症状は快方に向かうのである。場合によっては外来における数分程度のやりとりだけで、何ら薬剤を用いることなく治ってしまうのだ。

具体的に症例を考えてみよう。大腿四頭筋の弛緩不全があった場合、膝周囲では力学的に膝蓋骨及び脛骨側の筋腱付着部に持続的な張力が加わることになる。この牽引負荷が構造強度の閾値を越えて若年者の膝に作用した場合、脛骨側の膝蓋腱付着部は成長軟骨であるため、その臨床像は骨軟骨炎を呈し、オスグッド病となる。正書においては、オスグッド病は脛骨粗面にかかる反復性の牽引負荷が原因ということになっているが、そればかりではない。鍛錬によって筋力を増した大腿四頭筋の弛緩不全に伴う慢性的な筋緊張が背景となって引き起こされている症状なのだ。ゆえに、スポーツ活動で生じたそれに対し、患者に少々の休息を促しても良くはならない。仮に休息するよう勧めてみたところで、症状が悪化して歩行に支障を来すようでなければ、患者はスポーツ活動を止めたりはしない。このため、多くの場合、骨端線の閉鎖するまで脛骨粗面における変形は進行し続けることになる。ところが、大腿四頭筋に弛緩を導くだけで、変形それ自体が治癒するわけではないものの、その症状はたちどころに快方に向かう場合があるのだ。

また、青年期に入って骨格が完成してからは、大腿四頭筋の弛緩不全は、たな障害の原因ともなり得る。なぜなら、筋腱付着部にかかる張力は膝蓋大腿関節にかかる軸圧としても作用するため、高じた軸圧負荷は関節にかかる摩擦力を増大させて滑膜炎を引き起こすからだ。この炎症によって肥厚した滑膜が、たな障害の原因というわけである。そして勿論、その牽引負荷は膝関節でも軸圧として作用する。これにより、スポーツ活動時には半月板にかかる負担が大きくなって半月板損傷を来たしやすくなるのである。のみならず、関節面における軸圧負荷が長期持続すれば、Wolffの法則にしたがって関節は軸圧を強く受ける部位で変形を来たすようになる。中高年にもなれば、特別なスポーツ活動をしていないのに半月板の変性断裂を来たすようになるのは、こうした理由によると考えられるのだ。よって、関節水腫もまた、関節にかかる過大な軸圧負荷によって関節表面での摩擦力が高じた結果、軟骨組織の摩耗粉が増量し、これに伴う滑膜の反応として生じるものだといえるだろう。

実際、筋肉の弛緩不全を原因とする膝痛を抱えながら、レ線上、目立った変化のない状態で整形外科を受診する患者は多い。だが、その多くは手術を要する段階ではないために、消炎鎮痛剤の処方や、ヒアルロン酸の関節腔内注射といった治療が選択されるだけで終わってしまうのが通例である。しかしながら、この段階であっても、否、この段階だからこそ、膝関節をまたいで、これに軸圧として作用する筋肉群の弛緩を導くことができさえすれば、将来の変形性関節症を未然に防ぐことができるのではないだろうか。にもかかわらず、整形外科医がそれを怠ることで、最終的に立派な変形性関節症のエンド・ステージができあがってしまうと考えられる。なぜなら、当面の痛みがなくなったからといって、そこにある弛緩不全が解消されたわけではないからだ。そして、そうした整形外科医の怠慢から患者を救っているのが代替医療なのかもしれない。確かに、代替医療では医師の目から見て不適切な処置が施されてしまうケースも少なくない。しかし、筋肉の弛緩を得るテクニックに関しては、寧ろ彼らの側にこそ、我々整形外科医が学ぶべき知恵が隠されているかもしれないのだ。

さて、日本整形外科学会は変形性膝関節症予防に大腿四頭筋の筋力向上を掲げ、訓練と称してスクワットを推奨しているが、筋肉の慢性弛緩不全が原因ならばナンセンスだという見方ができなくもない。実際、患者はスクワットは勿論、健康目的に自ら課した歩行習慣が原因で膝痛を患い、外来を受診するのである。確かに、大腿四頭筋訓練が奏功する場合はあるが、それはしかし、筋力増強に伴う効果ではなく、後述する別の理由によるものではないだろうか。