眠れぬ夜に思うこと(人と命の根源をたずねて) -3ページ目

<エビデンスのない話②膝痛の原因>

 

加齢や反復性の負荷が慢性疾患の原因なのか
変形性関節症や腰椎椎間板ヘルニアは慢性疾患の形態をとる。このため、人工関節やヘルニア摘出術といった外科的治療は主に病期の後半、そのエンド・ステージで行われることになるが、それらには必ずそこにいたるプロセスが存在する。この過程の中にこそ原因が潜んでいるのだが、多くは加齢現象や力学的な反復性の負荷が原因として片付けられてしまっている。

筋肉の弛緩不全という概念
しかし、町医者の素朴な実感からいえば、それは違う。結論を急ぐようだが、自己免疫疾患や遺伝性疾患を除いた整形外科領域における慢性疾患の大部分は、特定筋肉における、必要にして十分な柔軟性と伸展の得られない慢性的な弛緩不全(Disorders of muscle relaxation)というべき状態が直接的な原因で起こっていると推論される。疾患名が異なるのは、原因となっている筋肉(本稿ではこれをキー・マッスルと呼ぶ)の相違や発症する年齢の相違、あるいは病期の相違のゆえである。そして、筋肉の弛緩不全をもたらす要因が各々個別に分かれているに過ぎない。このように考えれば、高齢者の慢性疾患も小児期のスポーツ障害も、ほぼ一元的に理解され得るばかりか、原因となっている筋肉を特定し、当該部位が弛緩にいたる適切な処置を施すことができさえすれば、たちどころに症状は快方に向かうのである。場合によっては外来における数分程度のやりとりだけで、何ら薬剤を用いることなく治ってしまうのだ。

オスグッド病の病態生理
具体的に症例を考えてみよう。大腿四頭筋の弛緩不全があった場合、膝周囲では力学的に膝蓋骨及び脛骨側の筋腱付着部に持続的な張力が加わることになる。この牽引負荷が構造強度の閾値を越えて若年者の膝に作用した場合、脛骨側の膝蓋腱付着部は成長軟骨であるため、その臨床像は骨軟骨炎を呈し、オスグッド病となる。正書においては、オスグッド病は脛骨粗面にかかる反復性の牽引負荷が原因ということになっているが、そればかりではない。鍛錬によって筋力を増した大腿四頭筋の弛緩不全に伴う慢性的な筋緊張が背景となって引き起こされている症状なのだ。ゆえに、スポーツ活動で生じたそれに対し、患者に少々の休息を促しても良くはならない。仮に休息するよう勧めてみたところで、症状が悪化して歩行に支障を来すようでなければ、患者はスポーツ活動を止めたりはしない。このため、多くの場合、骨端線の閉鎖するまで脛骨粗面における変形は進行し続けることになる。ところが、大腿四頭筋に弛緩を導くだけで、変形それ自体が治癒するわけではないものの、その症状はたちどころに快方に向かう場合があるのだ。

棚障害と半月板損傷
また、青年期に入って骨格が完成してからは、大腿四頭筋の弛緩不全は、たな障害の原因ともなり得る。なぜなら、筋腱付着部にかかる張力は膝蓋大腿関節にかかる軸圧としても作用するため、高じた軸圧負荷は関節にかかる摩擦力を増大させて滑膜炎を引き起こすからだ。この炎症によって肥厚した滑膜が、たな障害の原因というわけである。そして勿論、その牽引負荷は膝関節でも軸圧として作用する。これにより、スポーツ活動時には半月板にかかる負担が大きくなって半月板損傷を来たしやすくなるのである。のみならず、関節面における軸圧負荷が長期持続すれば、Wolffの法則にしたがって関節は軸圧を強く受ける部位で変形を来たすようになる。中高年にもなれば、特別なスポーツ活動をしていないのに半月板の変性断裂を来たすようになるのは、こうした理由によると考えられるのだ。よって、関節水腫もまた、関節にかかる過大な軸圧負荷によって関節表面での摩擦力が高じた結果、軟骨組織の摩耗粉が増量し、これに伴う滑膜の反応として生じるものだといえるだろう。

変形性膝関節症に適した治療とは
実際、筋肉の弛緩不全を原因とする膝痛を抱えながら、レ線上、目立った変化のない状態で整形外科を受診する患者は多い。だが、その多くは手術を要する段階ではないために、消炎鎮痛剤の処方や、ヒアルロン酸の関節腔内注射といった治療が選択されるだけで終わってしまうのが通例である。しかしながら、この段階であっても、否、この段階だからこそ、膝関節をまたいで、これに軸圧として作用する筋肉群の弛緩を導くことができさえすれば、将来の変形性関節症を未然に防ぐことができるのではないだろうか。にもかかわらず、整形外科医がそれを怠ることで、最終的に立派な変形性関節症のエンド・ステージができあがってしまうと考えられる。なぜなら、当面の痛みがなくなったからといって、そこにある弛緩不全が解消されたわけではないからだ。そして、そうした整形外科医の怠慢から患者を救っているのが代替医療なのかもしれない。確かに、代替医療では医師の目から見て不適切な処置が施されてしまうケースも少なくない。しかし、筋肉の弛緩を得るテクニックに関しては、寧ろ彼らの側にこそ、我々整形外科医が学ぶべき知恵が隠されているかもしれないのだ。

大腿四頭筋訓練はナンセンス
さて、日本整形外科学会は変形性膝関節症予防に大腿四頭筋の筋力向上を掲げ、訓練と称してスクワットを推奨しているが、筋肉の慢性弛緩不全が原因ならばナンセンスだという見方ができなくもない。実際、患者はスクワットは勿論、健康目的に自ら課した歩行習慣が原因で膝痛を患い、外来を受診するのである。確かに、大腿四頭筋訓練が奏功する場合はあるが、それはしかし、筋力増強に伴う効果ではなく、後述する別の理由によるものではないだろうか。

<エビデンスのない話①医者の喜び>

 

外科医の盲点
医者の喜びとは患者が治ることである。即ち目の前の患者が笑顔で医者のもとを去っていくことだ。これは専門科を問わず、あるいは勤務医、開業医の別なく、何ら変わることがない。その喜びを得るため、これまで整形外科領域においても数多くの目覚しい業績があげられてきた。学術集会では幾多の有益な報告が行われてきたし、今後もそうであるだろう。それらの蓄積が整形外科の発展を通じて大勢の患者の健康に寄与することは全く疑いのないことだ。しかしながら、その集会は、あくまでメスを握る外科医の集いであり、そこで行われる報告も外科医の目線を中心としているため、そこにはいくばくかの盲点がある。

原因と結果
何事であれ物事には原因と結果がある。当然、病気に関しても原因と結果があり、個々の過程がある。人間の肉体は自然治癒力と呼ばれる神聖な力の働きによって病から立ち直ることができるが、その力の働きが何らかの理由で損なわれたとき、病は重症化し、医者の手助けを必要とするようになる。それが胸腹部疾患の場合、内科と外科、それぞれ専門領域が分かれてはいるものの、それは病気自体が別ものというわけではなく、それを診る病期と治療のアプローチが各々異なるだけである。同じ病気であっても、その初期であれば、内科医が適切にコントロールするだけで病は快方に向かう。そして、内科的なコントロールが困難と判断されたとき、外科医の手が必要になるだけだ。胃潰瘍という病気がその好例である。潰瘍が初期であれば内服薬による治療が可能だが、穿孔してしまえば外科医の治療が必要になるという具合だ。

整形内科医の不在
この意味では、わが国の場合、整形外科医は外科医であると同時に内科医でもあるわけだ。しかし、一般病院に勤務する整形外科医は多忙を極め、外来で行われるその主な仕事は手術その他の侵襲的治療を要する症例と、そうでない症例との峻別で、専ら外科医として機能することが優先される。そのため、患者は症状の軽重で分別され、治療の対象としても、また研究の対象としても、軽症患者が切り捨てられるという現象が生まれている。開業してメスを握ることのなくなった医者こそが整形内科医といえるかもしれないが、多くの開業医は、もはや学会発表への意欲を失っており、整形内科領域を追究してのける医者は外科手術領域に比較して、はなはだ少ないのが現状である。

病期の相違
しかしながら、先にも述べた通り、外科医の扱う病と内科医の扱うそれとの違いは病期の違いだけである。つまり、軽症患者の訴えの中にこそ、病状の主たる要因が潜んでいるのであり、そこで適切な治療を施すことができさえすれば、多くの患者は侵襲的治療である手術を必要とせずに済むのである。外科医の本能として、治療が手術中心に傾くのは仕方のないことであるとしても、患者本人は誰であれ、はじめから手術を希望しているわけではない。手術以外の治療に絶望せざるを得ないから手術を選択するだけの話である。ところが、軽症患者が軽んぜられた結果、整形外科領域は、起こってしまった結果の評価方法と、その治療に関しては発展を遂げたが、原因に関する考察においては放置されてしまった感が否めない。ゆえに、侵襲的治療にいたる以前の慢性疾患患者を救うことができないばかりか、患者の「何故そうなったか」という疑問に対しても、せいぜい、歳のせいだとか、使い過ぎだとかいった、まことに非科学的な説明でお茶を濁すことしかできず、余り深くは顧みられないのである。

外反母趾という難病
実際、外来における軽症患者の原因は、よくわからないことが多い。その最たるものが外反母趾だ。ありふれているにもかかわらず、はっきりとした原因を示すことができない。正書には先細りの靴を履くことが原因であるかのごとく記載されているが、実際には靴を変えてみても病状の進行を止められない場合が多い。手術までは必要でないが、さりとて病状が進行しつつあるのは間違いない症例に対し、専門家であるはずの整形外科医が本当に有用な助言を行うことができずにいるのである。

決め手にならないエビデンス
さて、西洋からもたらされた科学においては、その見解がどのようであれ相応のエビデンスが求められる。エビデンスとは科学的根拠であり、しかるべき手続きを踏襲した上でもたらされた学術報告である。そこに要求されるのは客観性であり、統計学的なデータである。ところが、統計には作為的な要素の入り込む余地もはなはだ多く、結論に関しては妥当性を欠く場合も少なくない。実際、科学のもたらす見解は、よくよく見れば、五年十年を待つことなくコロコロとその主張を変えており、エビデンスがあるからといって、その見解が真実であるとも限らないし、エビデンスがないからといって、その見解が間違っているという証にもならない。
ここでは、これまで顧みられることの乏しかった整形“内科”領域の代表的な慢性疾患に関する病因について、エビデンスには乏しくとも、町医者の素朴な実感に基づいた得手勝手な考察を試みることにする。それが医者の喜びに寄与することを期待しつつ。

<アトピー性皮膚炎-その原因と治療>

先日、地元の小学校で行われた就学前検診に医師として携わる機会があった。漏斗胸と側弯の検診ではあったが、その際に痛感したのは、アトピー性皮膚炎の子供がとても多いという事実だ。アトピー性皮膚炎は現代病の一つで、日本が高度経済成長時代を迎えるとともに増加してきた奇病である。実際、ご年配方に言わせると、昔はほとんど見ることのなかった病気なのだそうで、それは生活の利便性の向上とともに増えてきたのだという。またこの病気、小児期から発症するものだけかと思いきや、成人した後、ある日突然発症するケースも多々存在し、成人型のそれの方が、小児のものに比べ、予後もよくないと言われている。

だが、これほど患者が増えているにもかかわらず、アレルギー性疾患であるという以外、その原因に関する考察はまちまちで、医療現場では依然として治療の決め手を欠いているのが現状だ。だから、容姿の美しさを売りにしているはずの芸能人たちの間ですら、患者は少なくない。近頃のテレビは画像が細密になっており、メイクだけではアトピー性皮膚炎の症状を覆い隠すことが難しくなっているため、注意深く観ていれば、それとわかってしまう。原因がよくわかっていないから、治療も対症療法が中心とならざるを得ず、美容に関する技術がいかに進歩しようとも、多くの患者がこの奇病と向き合うことを余儀なくされているのだ。しかも最近では、この奇病、人間だけでなく、飼い犬や飼い猫にも蔓延しつつあるという。このように、アトピー性皮膚炎は著しく増加傾向にありながら原因不明とされる奇病だが、実は、それら既成事実の一つ一つに、この病の本質が見え隠れしているのだ。

結論を急ごう。専門外ではあるものの、町医者の素朴な実感で言わせてもらえば、この病気の原因は入浴習慣である。そもそも、野生動物にこの病気は皆無と言ってよい。人間もまた動物には相違ないはずなのに、なぜ人間と、そのペットたちだけがこの奇病に罹患するかといえば、それは、頻繁に入浴する習慣があるからに他なるまい。もともと動物の皮膚は、脂腺からの分泌によって、乾燥他の外的刺激に対し、天然の防護膜を有している。しかし、入浴習慣は大なり小なり、この防護膜を破壊してしまう。それはいかに肌に優しいとされる石鹸を使っていようが、関係がない。石鹸やシャンプーには、程度の差こそあれ、どれも皆、脂を落とす働きが備わっており、且つ、お湯それ自体にも脂を分解する性質があるため、頻回の入浴は、この防護膜を破壊せずにはおかないのだ。そして、防護膜の消失に伴い、皮膚は発汗や衣類との接触をはじめとする種々の外的刺激に対して過敏となり、それが掻痒感として脳に認識されることで、掻きむしるという自傷行為を誘発するのである。ただ、皮脂の分泌の度合いや石鹸の用い方には個人差があるため、同じように毎日入浴していても、発症する人間としない人間が出るというだけの話だ。

さて、そう考えると様々に合点のいくことが多い。例えば、高度経済成長時代以前には何故この病気が少なかったかといえば、それは、当時、人々はそれほど清潔な生活を送っていなかったからだといえるだろう。浴室を持たない家屋に暮らし、入浴は専ら公衆浴場でという人々も多く、ゆえに、その回数も限られていたに違いない。ところが、高度経済成長とともに生活が豊かになるにつれ、家屋に浴室が常設されるのは当たり前の時代となった。しかし、生活が変わったからといって、人間の肉体が急に変わるはずもない。このため、頻回の入浴に耐えられない皮膚を有する人々の間で、この奇病が蔓延してきたのではないだろうか。とすると、この病気を発症する子供たちの親には、几帳面できれい好きなタイプが多いのも頷ける話だ。他方、その逆に放任主義の親元で早くから入浴の自立を強いられたために、石鹸やシャンプーのすすぎが不十分となることで発症する子供たちがいてもおかしくはない。実際、顔面を中心に発症する場合は、単純にシャンプーのすすぎ残しが原因といえるだろう。子供たちは顔にお湯をかけるのを嫌うことが多いのである。にもかかわらず、それらの症例に対し、体質改善と称して種々の投薬を施すのは、ナンセンスの極みと言うより他はない。

いずれにせよ、小児期に発症するアトピー性皮膚炎は、知らぬこととはいえ、ほぼその全てにおいて、親に責任があると言っても過言ではないだろう。それはペットのアトピー性皮膚炎に関して飼い主に非があるのと同じことだ。
一方、成人後に発症する場合は、加齢やストレスなどにより、皮脂腺に退行現象の生じることを誘因とするのではないだろうか。旺盛な皮脂の分泌が保たれていた年齢では問題なかったはずの入浴習慣が、その分泌の低下とともに、ある日突然、問題を引き起こすことになるわけだ。しからば小児発症に比較して成人発症の方が予後不良であるのも納得がいく。小児の場合は徐々に皮脂腺の働きが活発になることで自然治癒をみる場合もあるだろうが、成人発症の場合、そうはいかないからだ。

結局、この奇病を治療するのに、特別な薬などほとんど不要だ。急性の増悪期は別として、通常の症状なら、しばらく風呂に入りさえしなければ良いのである。そうでなくとも、入浴時に石鹸やシャンプーを用いる回数を可能な限り制限して、お湯もぬるま湯を中心にするなど、各々の体質に応じた入浴習慣に改めれば良いだけの話だ。実際、腺分泌の未発達な幼少時代は少々入浴しなくても、大人のように悪臭を漂わせることはほとんどない。入浴しなければ不潔だというのは、神経質な大人たちの強迫観念でしかない。即ち、もとよりアトピー性皮膚炎なる奇病は存在せず、あるのは入浴習慣を誘因とする接触性皮膚炎に過ぎないというわけだ。仮にそうでなかったとしても、現在、アトピー性皮膚炎と診断されている症例に、こうした入浴習慣を原因とするものが数多く含まれている可能性は否定できまい。

何事もそうだが、当たり前になってしまっていることを疑うのは難しい。入浴習慣は、きれい好きを標榜する日本人にとって、当たり前となっている好ましい伝統には違いない。だが、伝統を無批判に受け入れて生活を続けると、害をなす場合もある。アトピー性皮膚炎は、ある意味、その好例といえるのではないだろうか。




<追記>
アトピー性皮膚炎が入浴習慣を原因とする可能性について医者から説明を受け、それに納得した患者が、ただちに症状の軽快をみるかといえば、実のところ、そう簡単にはことが進まない。なぜなら、それは文字通り“習慣”であるために、これを改めることが難しいからだ。よくてせいぜい、二日に一度の入浴にしてみるだとか、シャンプーを使う回数を二日に一回にしたであるとかの消極的な変更しかせず、本当に治療上必要な措置がとられない場合が多いのである。
成果をあげるためには、思い切った改善が必要なのだ。

<膝痛に大腿四頭筋訓練の摩訶不思議>


患者を量産する大腿四頭筋訓練
これまで<エビデンスのない話>で述べてきたように、変形性膝関節症の直接原因は、膝関節をまたいでいる大腿筋群や下腿筋群の弛緩不全に相違ないと考えられる。よって、大腿四頭筋に負荷を与える訓練で、治療上、逆効果となるケースが生じても何ら不思議はない。実際、外来ではテレビに出演した著明な整形外科医の指導するスクワットを真似たり、他院で大腿四頭筋訓練を指導されて膝痛を悪化させた患者の来院が後を絶たない。そして、そういう患者に大腿筋群のMedical Dynamic Stretching(MDS)を施すと、その場で患者の痛みは激減するのである。その様はあまりに霊験あらたかで、わざわざ統計をとって、大腿四頭筋訓練と治療効果の程を比較するのが馬鹿馬鹿しい位だ。MDSの効果がかくも絶大であるということが、とりも直さず、大腿四頭筋訓練が変形性膝関節症を予防し、ひいては膝痛を軽減するという理屈が妥当性を欠いており、筋肉の慢性弛緩不全こそが、変形性関節症の直接原因であることを証している。では、どうしてこの大腿四頭筋訓練が、これまで疑われることなく推奨されてきたのだろうか。

荷重軸の補正
もともと、整形外科学はレントゲンをはじめ、画像診断技術の進歩と歩みをともにしてきた学問である。このため、学会発表も、画像上の異常を解析して薀蓄を垂れるのが手っ取り早い。実のところ、変形性膝関節症のレントゲンを眺めていれば、O脚やX脚がその発生要因になりそうなことは誰でも察しがつく。そこで、整形外科学の黎明期に、それを裏付けるべくレ線所見の解析が行われたのだ。その結果、O脚、X脚では、関節の中央を通るべき荷重軸が、それぞれ内側寄り、外側寄りにずれてしまっていて、関節軟骨にかかる力学的な負担の偏りが生じて変形を生じるという結論が導き出された。つまり、変形性膝関節症を予防するには、膝関節に荷重軸を近づける必要があると結論されたわけである。そこで言われ始めたのが大腿四頭筋訓練だ。膝伸展筋を強化することで、この荷重軸のずれを軽減できるという理屈である。これは実験的にも証明され、それ以後、変形性膝関節症の予防と治療といえば、この筋肉の強化訓練が指導されているという次第だ。

筋力低下が原因とされた経緯
しかしながら、実際には、生来のO脚、X脚を持たず、その骨格が全く正常であっても、変形性膝関節症の患者と同様の症状を訴える患者が多数存在する。即ち、O脚、X脚は、変形性膝関節症に至る個別の素因に過ぎず、直接の原因ではないと考えられるわけだ。それどころか、そもそもO脚、X脚は、筋肉の弛緩不全のアンバランスに由来した成長障害の一種とみなすこともできるし、高齢者のそれは、筋肉の弛緩不全によって生じた関節破壊の結果だともいえる。ゆえに、骨格に異常のない患者に大腿四頭筋訓練を施したところで何ら得るところはないはずなのだ。ところが、まるでその矛盾を覆い隠すかのように、大腿四頭筋強化で、関節における可動時の側方動揺性が軽減され、変形の進行を抑制するという理屈が付け加えられるようになった。大腿四頭筋の筋力低下が関節の不安定性を招き、それが元で変形性膝関節症が生じると結論されてしまったわけである。こうしたわけで、O脚、X脚のあるなしに関わらず、膝の治療と言えば大腿四頭筋訓練と、不動の地位を確立するに至ったのだ。

大腿四頭筋訓練が効く理由
確かに、側副靱帯損傷に起因する側方動揺性が顕著であれば変形は進行するだろうし、大腿四頭筋訓練は、膝関節の安定性の維持に関し、一定の効果はあるだろう。そこに科学的な根拠を見出すことも難しくはない。また、大腿四頭筋の筋力が膝関節の機能にとって、重要なファクターであるという認識そのものに異を唱えるつもりもない。しかしながら、現実的には、目立った側方動揺性がなくとも変形は進行するし、何より、この訓練で多くの患者が膝痛を増悪させてしまう。それらを例外として片づけてしまうにはあまりに高率で、この理屈の矛盾を指摘するための反例としては十分なはずであるが、この大腿四頭筋訓練が功を奏する場合も少なくないから事は厄介なのだ。逆説的なようだが、力を入れる練習の反復は、時として力の抜き方の練習にもなり得る。また、膝関節に動きを与えるエクササイズであれば、筋肉の収縮と弛緩をコントロールする神経伝達機能を活性化させることになり、MDSほどではないにしても、それに近似した効果の得られる場合もある。こうした理由で、大腿四頭筋訓練は多くの矛盾を内包したまま、整形外科の歴史の中で生きながらえてきたと考えられるのだ。

大腿四頭筋訓練の変遷
さて、この大腿四頭筋訓練、その強化方法にも、いくばくかの変遷がある。もともと日常生活動作が誘因となって膝を患う高齢者に筋力強化を促すことになるので、当初、できるだけ関節に負担の少ない方法が考案されるに至った。それが、免荷状態における膝伸展位で大腿四頭筋に力を入れる等尺性運動である。それ自体は日常生活にはない運動であり、関節に荷重するわけでもないので、その効果や危険については、ほとんど顧みられることなく推奨されてきた。ところが近年、筋力を強化するという目的には、等尺性運動よりも、CKC(閉鎖性運動連鎖)であるスクワットの方が好都合であるというエビデンスが報告された。これにより、日常、階段の上り下りで膝を痛めたお年寄りを相手に、スクワットが指導されるようになったわけである。その結果、膝痛を抱える多くのお年寄りたちは絶望に打ちひしがれることになった。立っているだけでも痛みに耐えかねているというのに、スクワットなど、できるはずもないからである。

筋力低下の原因は筋肉の弛緩不全
風吹けば桶屋が儲かるという理屈もここに極まれり。素人が考えても奇妙奇天烈、矛盾の明らかなこの治療、賢明な医師なら疑って然るべきであったにもかかわらず、そうはならなかった。何故、それが疑われなかったかといえば、それはやはり、整形外科医が、外科医であるからだろう。外科手術後の患者は押しなべて体に力を入れる方法がわからなくなっており、リハビリは専ら筋力強化とならざるを得ない。ゆえに、外科手術に携わる医師の視点では、筋力強化こそがリハビリであって、筋肉の弛緩を促すことが治療であるなどとは、思いもよらないのである。高齢者の筋力が弱いのは、弛緩不全のゆえに縮みしろが少なくなって力が出せないだけなのだ。だから、筋肉を鍛えるより、その弛緩を促した方が速やかに力が出せるようになるのである。MDSが大腿四頭筋訓練より、はるかに効果的であるのは、そのためなのだ。にもかかわらず、膝痛には大腿四頭筋訓練というこの理屈、学会ではエビデンス・レベルが高い、即ち信頼度が高いなどといわれている始末だ。この方法が無批判に推奨されてきた歴史を整形外科医は大いに反省材料にすべきであるし、遠くない将来、そういう時代が到来することになるだろう。

原因と結果の取り違えがもたらした過ち
結局、何が間違っているかといえば、変形性膝関節症の原因と結果を見誤っていることにつきるだろう。レ線所見にみられる異常も筋力低下も筋肉の弛緩不全が招いた結果であって原因ではない。にもかかわらず、原因である筋肉の弛緩不全を悪化させる恐れのある方法が治療として選択されていることが問題なのだ。その結果、最終的に明らかな矛盾を露呈してしまったのが、この大腿四頭筋訓練ではないだろうか。筋肉の弛緩不全という概念が整形外科学に存在していないことが諸悪の根源なのである。




<ある提言>

近年、有名アナウンサーの自殺によって、線維筋痛症という難病が巷でも広く認知されるようになった。この病気、一般的に診断が難しく、原因も不明で治療困難とされているのだが、これまで<エビデンスのない話>で論じてきた筋肉の慢性弛緩不全という概念で以って理解を試みれば、その診断と治療において、さほど難しい病気とは言えないかも知れない。町医者の素朴な実感でいえば、この病気の本態は、全身の筋肉に生じた慢性弛緩不全に相違なく、その要因は慢性の脱水症と考えられるのだ。

通常、臨床的に問題とされるのは急性の脱水症であるが、実は慢性に推移する脱水症もある。この慢性の脱水症は、日々の水分摂取量の多寡や、嗜好する飲料水の種類といった諸々の生活習慣に起因する。我々の周囲は、アルコール類やカフェイン類など、利尿作用の強い飲み物や調味料、食材で溢れており、それらの過剰摂取に対して無頓着でいると、知らぬ間に脱水が進行してしまう場合があるのだ。また、一部の降圧薬の長期服用に伴う医原性の脱水もある。脱水は筋肉の弛緩不全を誘発するので、慢性の脱水は全身の筋肉に弛緩不全を生ぜしめることになる。わかり易く極端な話をすれば、全身の筋肉が、生きながらにして鰹節のごとく硬化、ミイラ化していくわけである。

実際、外来では、こうした慢性の脱水症を誘因とした症例に出くわすことがあり、そういう患者は全身のあちこちに痛みを患っている場合が多い。だが、それらの症状に対しては、脱水を補正した後、症状のある筋肉に対してダイナミック・ストレッチを施行することで、そのほとんどが顕著に治癒傾向を示すのだ。加えていえば、その種の患者は、ほぼ全例、線維筋痛症の診断基準を満たしてもいるのである。あるいは脱水がその直接原因でなかった場合であっても、筋肉の慢性弛緩不全という概念を受け容れ、そこに至る他の要因を追究することで、この疾患の特徴的な症状や所見の多くを、過不足なく説明し得ると期待されるのだ。

現代医学では、やれ遺伝子がどうした、フリーラジカルがどうしたなどと、とかく木を見て森を見ずといった類の研究が行われやすい。だが、そうした研究のスタイルだけでは、線維筋痛症に限らず、個別の素因で多様性を示す病気の根本原因を突き止めるのは難しくなってしまうのではないだろうか。診断の基本は、一元的に病因を考えることにある。そうであるなら、今後の整形外科領域、否、整形内科領域の研究に必要なのは、理論物理学にみられるような研究のスタイル、即ち、より普遍的に病状を説明し得る仮説を打ち立て、これを実験的あるいは臨床的に検証していくことだろう。

<エビデンスのない話・アフター>

整形外科領域の疾患の大半は、特定の筋肉の弛緩不全によって生じるということを論じた<エビデンスのない話>を最初に著してから二年以上の月日が経過した。当初、その内容には筆者自らも半信半疑の部分が少なからずあり、曖昧な表現でお茶を濁していた箇所もあった。しかし、この二、三年の臨床経験で、そうした曖昧さはほとんど払拭され、町医者の素朴な実感は確信へと変わった。特に、ダイナミック・ストレッチの効用は素晴らしく、オスグッド病やシンスプリントなど少年少女らのスポーツ障害には効果てきめんだった。勿論、ダイナミック・ストレッチはあらゆる年齢層で有効で、他院で大腿四頭筋訓練を指導されて膝痛の悪化した高齢者の変形性膝関節症もまた、外来でのわずかなやりとりだけで、注射を用いることなく症状軽減せしめることができるようになったのである。

新たにわかってきたこともある。筋肉に対する侵襲の少ないと考えられるダイナミック・ストレッチではあるが、脱水状態にある患者では、効果がほとんど得られないばかりか、逆に痛みを誘発する場合があるということだ。もし、ダイナミック・ストレッチを試みて痛みを訴えるようであれば、骨折や神経障害がある場合を除き、ほぼ脱水が根底にあるといって良い。よって、数日かけて脱水を補正した後、ダイナミック・ストレッチを再度施すと、痛みの訴えはなくなってしまう場合がほとんどだ。また、ダイナミック・ストレッチと異なり、スタティック・ストレッチやマッサージの類は、概ね65歳以上には禁忌であるということもわかってきた。この年齢層では、それらの弛緩誘導で後から痛みの訴えが増強する場合が多く、若年者に比べ、筋肉の可塑性が著明に劣化してしまっていると考えられた。故に、牽引療法やマッサージといった治療は、対象を若年者に絞った方が無難であるだろう。しかしながら、若年者であっても、脱水状態にある患者の場合、やはり、それらで痛みの訴えを惹起する場合があることは特記しておかねばなるまい。
ちなみに、ストレッチの習熟についていえば、外来における患者の再現率、即ち習得能力は極めて低いということがわかった。高齢であればあるほど、知らぬ間に思い思いの運動へと変質し、その再現性は低くなる傾向にあるので、外来での定期的かつ頻回の指導が必要だと考えられた。

自画自賛するわけではないが、本論はおそらく整形外科領域の核心を突いており、極めて重要な見解だとは思われるものの、日常、起こってしまった結果をどう手術するかという課題に忙殺されるキャリアを積んだ外科医にとっては、さほど興味をそそる内容でもないようだ。しかし、多くの一般人にとって最大の関心事は、病因と、その予防法である。外科医が一度の手術で救える患者はたった一人でも、正しい病態生理と予防法に関する知識の伝播は、外科医が直接関わることのない大多数を一度に救い得るのだ。多くの外科医がさほど病因に関心を示さない現状では、後輩外科医たちへの啓蒙こそが急務であると考えられた。

総じて整形外科領域の患者でもっとも多いのは、喫煙習慣を続け、水分摂取量が少ない上に、カフェインやアルコールを嗜好する人々である。その場合、ふだんの運動量が多くても少なくても、それぞれ筋肉に過緊張性、低緊張性の弛緩不全を招き、その部位に応じた整形外科疾患を患うことになるのだ。そして、もっとも注意すべきことは、喫煙習慣のある家族と同居して副流煙にさらされる少年少女たちほど、スポーツ障害や思春期側弯症を患いやすいということである。おそらく、小児の股関節疾患の類も、本人の飲水習慣と家族の喫煙習慣とが深く関わっているに違いあるまい。

人は高齢になるに従い、筋肉の緊張を解く、即ち力を抜くことが不得手になってしまうのだ。それは、神経伝達機能の衰退に伴う現象と考えられるが、同様に、小児期は神経伝達機能が未発達であるが故、弛緩不全に陥りやすいという相似性を有している。両者の違いは前者の筋肉が廃用性、低緊張性の弛緩不全を呈するのに対し、後者のそれが疲労性、過緊張性の弛緩不全を呈するということである。そして、青壮年期はそれらの混合型だと解釈され得る。よって、全年代を通じて、ダイナミック・ストレッチによる力の抜き方の体得が奏功するのは、至極理に適っていると言えるだろう。高齢者の筋肉は、弛緩不全領域の拡大のために、縮みしろが少なくて力が出せないだけなのだ。だから、高齢者の筋肉を鍛えることには治療効果を期待できないばかりか、症状を悪化させる恐れもある。もし、負荷を与える訓練が奏功し続けるなら、60歳代のオリンピック・スプリンターがいてもおかしくはないはずだが、そのようなものは存在しえない。ならば、むしろ負荷を与えるのではなく、縮みしろを増やすべくストレッチを施すことの方が、一定以上の筋力を確保する上でも適しているはずであるし、何より無理がない。にもかかわらず、整形外科医が推奨するのは筋力強化訓練ばかりだ。日整会があの手この手でロコモティブ・シンドロームのキャンペーンを行うのは大いに結構なことだが、肝心の治療法で効果が乏しければ、説得力に欠けるというものではないだろうか。

本稿の論理をもってすれば、わからないことだらけの整形外科の外来も、これまでよりずっと多くわかるようになること請け合いだ。だが、その自信をある先輩医師に告げたところ、厳しい戒めのお言葉を頂戴するに至った。確かにそうなのだ。人間、わかるようになったなどと思い上がっていると、足元をすくわれる症例に出くわすことになる。外来で接する症例に対しては、常に謙虚でなければならない。何かを見逃してはいないか、自分たちのやっていることに懐疑的でいられる限り、大きな間違いを犯すこともまた、防ぐことができるに違いない。

<腰痛と生活習慣>

脊椎外科のシンポジウムに参加して驚かされたのは、非特異的腰痛(原因のよくわからない腰痛)は腰痛患者全体の85パーセントにまで達するという報告のあったことだ。とすれば、整形外科医が日常で診る腰痛患者の半数以上は原因が定まらぬまま、適当に薬剤が処方され、やり過ごされていることになるわけだ。それでも軽症例は自然経過で良くなるかも知れないが、中にはそうでないものがあり、整骨院がその受け皿になっていたりもする。始末の悪いことに、整骨院で良くなってしまう症例も少なくないので、専門家としての整形外科医の面子は丸潰れになってしまうことがあるといえるだろう。

なぜそのようなことが起こってしまうのか。長らく町医者をやっていれば思い当たることがある。それはつまり、整形外科医が骨の異常ばかり診て筋肉の異常を見過ごしがちだということだろう。実のところ、腰痛患者では、ちょうど非特異的腰痛の存在率に近い割合で腸腰筋に異常を呈した症例に遭遇する。疲労の蓄積か、または廃用性の変化によって腸腰筋の滑らかな収縮弛緩に異常を来し、それが元になって腰痛を引き起こしているわけである。マッケンジー体操が何故腰痛に奏功するかといえば、それは、あの独特の姿勢が腸腰筋の伸展姿勢、即ちストレッチになっているからに他なるまい。

こうした筋肉の異常(本稿ではこれを便宜的に弛緩不全と呼ぶ)は、整形外科領域の、かなり多くの疾患で原因になっていると推論され、その詳細は<エビデンスのない話>に著した通りである。腰痛の場合、一方では仙腸関節の異常がその原因であるかのごとき考察も見受けられるが、そもそも、仙腸関節に異常をもたらす直接原因は、腸腰筋を構成する大腰筋の弛緩不全に他ならない。仙腸関節を直接動かす筋肉はないものの、大腰筋が仙腸関節をまたいでいるため、大腰筋の弛緩不全が仙腸関節に剪断力となって働くと考えられるわけである。

ここでいう弛緩不全の成因には、筋肉の収縮と弛緩とをつかさどる神経伝達機能の低下が深く関わっていると考えられる。高齢者の場合、廃用性変化に伴い、神経伝達機能の衰退を介して弛緩不全を生じる一方、小児の場合、神経伝達機能が未熟であることから疲労を蓄積させて弛緩不全を生じるという相似性を有している。どちらも力を抜くのが不得手になっており、筋肉内に弛緩不全領域が拡大し易くなっているわけだ。実のところ、高齢者においては、ただ歩くという行為であっても、十分に過負荷となってしまうため、運動不足解消を目的とした散歩を習慣化した結果、腸腰筋や大腿四頭筋の弛緩不全を生じて腰痛や膝痛を患うことになる。では、歩くことが悪いのかというえば、そういうわけではなく、じっとしていて関節を動かさない方が廃用性変化を助長するので、なお悪いといえる。結局、神経伝達機能の維持改善と弛緩不全の解消が重要なので、歩行後に十分なダイナミック・ストレッチを行うことで、神経伝達機能に刺激を与えるとともに、筋肉に生じた弛緩不全を解消しておけば良いだけの話である。

さて、筋肉の弛緩不全には年齢の相違のみならず、その生活習慣も深く関わっていると考えられる。その誘因として外来で意識されることが多い原因のツートップは喫煙と脱水だ。喫煙は筋肉内の血流を低下させ、筋線維が弛緩するのに必要なエネルギーの供給を妨げてしまうし、脱水は筋肉内の保水が不十分となってしまい、全身の筋肉を鰹節のごとく硬化させることになる。高齢者の場合、口渇中枢の機能自体が衰えているため、脱水があっても、のどの渇かない傾向があり、口渇感で水分摂取量を調節していたのでは脱水が必発であることには要注意だ。他方、若年者であっても、発汗量が多い場合、ナトリウム喪失量過多により、高齢者と同様に口渇感が低下して脱水を生じやすくなる。ひょっとすると、繊維筋痛症とは、こうした生活習慣を誘因として全身の筋肉に生じた弛緩不全の重症例と考えることができるかもしれない。

ちなみに水分摂取量の多寡を判断する目安としては、発汗の少ない環境下で、体重50キログラムの人に必要な一日摂取水分量を約1.5リットルと考えればよい。だが、仮に摂取水分量が十分でも、その内分けがコーヒー、紅茶、緑茶、アルコールなど、利尿作用の強いものに偏る患者は、やはり筋肉の弛緩不全を誘発しやすい傾向にある。実際、ヘビースモーカーやコーヒー好きには肩こりや腰痛持ちが多く、それらの生活習慣の改善だけでも症状は軽減するが、逆に、それらの生活習慣が改まらなければ、ダイナミック・ストレッチもさほど効果を得られない場合がある。皮肉な話、整形外科医の中でも、こうした生活習慣が原因で腰痛を患っている者は数多いに違いない。

<アスリートの救済 その3-膝痛>

既に述べたように、腸腰筋に慢性疲労から生じる弛緩不全を抱えている場合、股関節の伸展位を十分にとることができなくなってしまうため、立位では股関節、及び膝関節で、わずかな屈曲位をとらざるを得なくなる。この結果、ハムストリングスや大腿四頭筋に継続的な負担が強いられることで、それらにも腸腰筋同様の弛緩不全が生じやすくなる。ここに膝屈伸運動に伴う負荷が加わることで大腿筋肉群の弛緩不全が重度となり、種々の膝痛をもたらす原因になると考えられるのだ。

大腿にある筋肉のうち、大腿四頭筋は膝関節伸展作用を有する筋肉で、膝蓋骨、膝蓋腱を介して下腿脛骨粗面に停止するが、膝蓋骨と脛骨には、この筋肉からの牽引力による力学的な負担が加わるため、各々に炎症を来たすことが多い。少年期に特有のオスグッド病は、この原理によって脛骨粗面に生じた骨軟骨炎であるし、ジャンパー膝は同種の原理によって膝蓋骨側に生じた炎症である。一方、この筋肉の弛緩不全は、膝蓋大腿関節と膝関節の双方に過剰な軸圧負荷をかけるので、それぞれ、たな障害、半月板損傷の誘因ともなり得る。さらに言えば、腸腰筋や、大腿にある筋肉群に弛緩不全を有する状況下では、靭帯損傷を引き起こすような危険動作に対する円滑な回避運動が妨げられ、前十字靭帯断裂など、重大な障害を負ってしまいやすいと考えられるのだ。勿論、ハムストリングスの牽引負荷や軸圧負荷で生じる膝周辺の痛みもある。

仮に、腸腰筋の弛緩不全がそれほどでもなかったにせよ、股関節や膝関節の屈曲、伸展を繰り返すスポーツ活動において、ハムストリングスや大腿四頭筋に弛緩不全を生じるのは、よくあることだ。少年期の場合、骨格が未熟であると同時に、こうした筋肉の収縮と弛緩とをコントロールする神経伝達機能が未発達であるため、弛緩不全を来たしやすいのである。結果、膝関節のみならず、身体の多くの部位で、骨端症を患うことにもなる。それらは単に反復刺激が原因というのではなく、弛緩不全に伴う持続的な牽引、ないし軸圧負荷が引き起こす症状であると考えられるのだ。
ゆえに、腰痛の場合と同様、膝関節の痛みにおいても、大腿四頭筋やハムストリングスなどのストレッチをすれば良い。ここでも、ストレッチの方法として、ダイナミック・ストレッチが推奨される。時折、足の届かない椅子に腰掛けた子供たちが、ぶらぶらと落ち着きなく足を動かしている様を見かけることがあるが、あれこそが膝関節におけるダイナミック・ストレッチとなる。下腿の下垂位を中心として、膝関節を振幅30~40度程度で振り子のように動かすわけだ。100回程度で効果が現れはじめるので、アスリートなら、300~400回程度を朝夕行う習慣をつけると良いだろう。弛緩不全に陥った筋肉には著明な圧痛があるが、その解消に伴い圧痛も軽減するので、ストレッチの前後で内側広筋を押さえて比較してみると、効果の実感が得られやすい。

このほかの膝痛としては、大腿筋膜張筋の弛緩不全で生じる腸脛靭帯炎や、鷲足成分の弛緩不全に由来する鷲足炎などがある。前者は腸腰筋に対するのと同様の方法で弛緩不全を軽減でき、後者は、それに加えて膝関節で行うダイナミック・ストレッチを行うと効果的だ。これらダイナミック・ストレッチは、できるだけスポーツ活動の直前、直後に行い、普段から継続しておくと、ある程度怪我を防止できるはずだ。

前十字靭帯断裂など、選手生命にかかわる大怪我には、必ず、股関節や膝関節をとりまく筋肉の異常が先行しているのである。ところが、多くの整形外科医は、膝関節における怪我の予防手段として、大腿四頭筋強化を指導する。だが、疲労が蓄積することで生じるアスリートの膝痛に対し、この訓練が奏功するかどうかは大いに疑問だ。かの訓練は、外科手術後、一時的に生じた同筋の脱力状態からのリハビリとしては有効かも知れないが、それがアスリートの怪我を防止するという道理については、愚鈍な町医者の理解を超えた話なのである。

<アスリートの救済 その2-腰痛>

アスリートが慢性的に抱える腰痛の原因は、その大多数が腸腰筋と呼ばれる筋肉の疲労によって引き起こされていると言ってよいだろう。それは主に大腰筋と腸骨筋でできており、前者は腰椎横突起から起こり、股関節をまたいで大腿骨の小転子に停止する大きな筋肉で、後者は腸骨の内面から起こり、同じく股関節をまたいで大腿骨の小転子に停止する筋肉だ。どちらも大腿の挙上、即ち股関節の屈曲を作用とし、姿勢維持に関わる筋肉だが、その大部分がインナーマッスルとして体内に隠れているため、あまり意識されることがなく、その異常も見過ごされやすいという特質を有している。

アスリートの患う腰痛の大部分が、なぜ腸腰筋に由来するかといえば、それは、その筋肉が、アスリート特有の非凡なパワーを生み出す源でもあるからだ。
例えば、見た目に華奢な体躯をしていても、遠くに球を飛ばせるゴルファーがいるのは、この筋肉が強いからである。細身の投手がなぜ速い球を投げられるかという点においても然り。バドミントンにおいても、スマッシュの速いプレーヤーほど、この筋肉の強靭なタイプが多くなる。つまり、次元の高いアスリートほど、この筋肉が発達しているわけであるが、だからこそ、そこに蓄積される疲労もまた、過大とならざるを得ないのだ。
にもかかわらず、アスリートのトレーニングは、この腸腰筋を鍛えることにばかり専心しており、そのケアが不十分であることが多い。スクワットでは伸び上がり動作時に腸腰筋に対して遠心性収縮が強いられるので、そこにかかる負担は過大となるし、ランニングにおいても、大腿挙上によって求心性収縮が頻回に繰り返されて、そこにかかる負担は少なくないのだが、どちらの場合も、大抵は使いっぱなしにされてしまう。このため、蓄積された疲労によって、のっぴきならない怪我に至ってしまうのだ。

では、筋肉が疲労を蓄積させるとはどういうことだろうか。町医者の素朴な実感でいえば、それこそは、筋線維が収縮したまま、十分に弛緩することのない領域が増大することを意味する。本稿ではこれを便宜的に弛緩不全と呼ぶが、その領域が広がると、骨格における筋肉の起始、停止部に持続的な牽引力が加わるばかりでなく、当該筋肉のまたぐ関節にかかる軸圧も増大するため、運動時の力学的負担が過大となる。アスリートの場合、旺盛な回復力に伴う筋力の増強も手伝って、骨格に対する負担はさらに大きくなる。そして、その結果として生じた諸々の変化が、痛みとして認識されることになると考えられるのだ。

大腰筋は、腰椎を前下方に牽引する成分を担うと同時に、腸骨筋は骨盤前傾を増大させる成分となるため、腸腰筋が弛緩不全に陥ると、骨格における同筋付着部両端に炎症を生ぜしめるだけでなく、腰椎前彎と骨盤前傾が増大し、椎弓にかかる力学的負担が大きくなる。ゆえに、腸腰筋を収縮させる反復刺激が構造強度の閾値を超えてそこに加わった場合、疲労骨折を来たしてしまう。さらに、それが癒合不全に陥れば分離症となるわけだ。また、腰椎に過剰な軸圧が加わることで、骨格の未成熟な若年者では椎体終板の破綻を招いてシュモール結節(椎体内に髄核が嵌入したもの)を生じることもあるだろう。その軸圧は髄核を押しつぶし、線維輪を押し広げる力として働くため、仮にシュモール結節を生じることがなかったとしても、線維輪の断裂を引き起こせば、後に腰椎椎間板ヘルニアを生ぜしめる原因となり得る。また、腸腰筋それ自体に筋挫傷を生じてしまう場合も考えられるだろう。

いずれにせよ、腸腰筋に過剰な疲労を抱えた場合、その弛緩不全によって生じる疼痛を回避すべく、立位では股関節において十分な伸展位をとらなくなってしまう。このため、上半身は前傾姿勢とならざるを得ないが、そうなると今度は固有背筋にも負担がかかってしまい、この負担を軽減させるべく代償性に股関節と膝関節の双方をわずかながら屈曲させた姿勢で体幹を起こすようになる。このため、ハムストリングスや大腿四頭筋にも過剰な負担が強いられることで、それらにも弛緩不全を生じると考えられるのだ。これが、股関節や膝関節に対して、さらなる故障を生ぜしめる原因となる。即ち、タイト・ハムストリングスとは、まさに腸腰筋の弛緩不全をきっかけとして生じた結果に過ぎず、腰痛の直接原因ではないといえるだろう。
ここで特筆すべきは、腸腰筋の弛緩不全に端を発し、そのしわよせが下肢筋群に及ぶことで、下肢にも筋膜性疼痛を患う場合があるということだ。つまり、腰椎椎間板ヘルニアによる根性疼痛とは異なる機序で、腰痛と下肢痛を患うわけで、腰痛に伴って下肢痛を生じたからといって、それが直ちに腰椎椎間板ヘルニアを疑う所見とはいいがたいというわけだ。

腸腰筋は、唯一、鼠蹊部でのみ、これに触れることができるため、腸腰筋由来の腰痛であるかどうかは、鼠蹊部に自発痛ないし、圧痛があるかどうかで、ある程度判断され得る。とすると、グローイン・ペインと呼ばれて問題にされているアスリート特有の鼠蹊部痛の正体もまた、この腸腰筋由来の痛みだと推論することができるだろう。実際、大腿を頻繁に挙上することで腸腰筋に疲労を蓄積させ易いと考えられるサッカー選手に、グローイン・ペインは多いのである。そして、もし、それが本当に腸腰筋由来の症状であるなら、グローイン・ペインもまた、アスリートの腰痛に対処する方法と同様の手法で軽快するはずだ。要するに、腸腰筋をストレッチできれば良いのである。

ストレッチには、スタティック・ストレッチと呼ばれる方法がよく知られている。即ち、牽引によって物理的に筋肉を引き延ばす方法だ。腸腰筋に対してそれを行う場合、具体的には、深呼吸の間合いを保ちながら、伏臥位で他動的に股関節の伸展を行うのであるが、独力では行いにくいという欠点を有している。
そこで推奨されるのが、ダイナミック・ストレッチだ。実は、腸腰筋には、わずかながら股関節外旋作用があるため、股関節を内旋させる際には、それが内旋を行う主動筋に対する拮抗筋を演じる関係で、いくらか収縮に対する抑制が働くのである。この原理を利用して、仰臥位で両下肢を肩幅程度に開き、約1ヘルツのリズムで股関節をぶらぶらと繰り返し回旋する運動を、痛みを感じない可動域で繰り返すと、腸腰筋の筋緊張が軽減するのだ。疲労の度合いにもよるが、100回程度で効果が現れ始め、エクササイズの適切なリズムとテンポを維持して力まずに行えるのなら、200回、300回と、回数を増やすほど、より効果的となる。
もっとも、脱水状態であったり、腸腰筋それ自体に筋挫傷を生じている場合や椎間板に線維輪断裂等のトラブルを抱えているような場合、あるいは圧迫骨折を来たしているような場合は、このエクササイズで腰痛が増強する場合もあるので注意が必要だ。また、足元を肩幅程度に開いて椅子に腰掛け、両足を床に固定した状態で、股関節、膝関節屈曲90度で、股関節をぶらぶらと内外転する方が効果的な場合もある。それは腸骨筋や臀筋にかかえた弛緩不全が腰痛を引き起こしているような場合だ。

以上の方法に加え、当該筋肉に干渉波治療を行ったり、ビタミンB1を摂取したりすると効果は倍増する。逆に、症状を増悪させる因子は脱水、寒冷刺激、喫煙、ストレスなどである。筋肉が弛緩するにはエネルギーが必要であるため、筋肉内の血流維持に不利な要素は、全て症状を増悪させるのだ。ゆえに、アスリートがタバコを吸うなど言語道断であり、喫煙者が腰痛を患うのは、いわば自業自得であるという厳しい見方もできる。少しでも選手生命を延長させたいなら、喫煙習慣とは直ちに縁を切るべきであるのは、言うまでもないだろう。
例えばプロゴルファーであるジャンボ尾崎選手の腰痛は、自身の喫煙習慣が相当に影響しているのは、まず間違いがない。プロゴルファーにとって、腸腰筋のコンディションは球を飛ばす生命線なのだが、喫煙習慣によって弛緩不全に陥った腸腰筋は、その筋力が強ければ強いほど、腰椎に与える負担も大きくなるので、怪我も重症となりやすいのである。勿論のことながら、受動喫煙による影響も見過ごすことはできない。石川遼選手の父君はヘビー・スモーカーのようだが、氏の喫煙は、ご自身の健康を害するのみならず、大なり小なり、ご子息の選手生命をも短くしてしまう恐れがある。また、カフェインやアルコールの摂取が、それらの利尿作用によって引き起こす脱水も見過ごせない。アスリートが長距離移動中にアルコールを摂取していると脱水が進み、急な起立動作時に腸腰筋の痙攣を来たして急性腰痛を発症しやすくなる。
バドミントン競技においては、オグシオの名で知られた小椋選手の腰痛も、この腸腰筋由来の痛みであった可能性が高い。持ち味であるスマッシュの速さは、その腸腰筋の強さによって生み出されていたものに相違なく、それが仇となって彼女を苦しめていたのではないだろうか。このように、トレーナーが選手の抱える腸腰筋の異常を見過ごせば、いずれはそれが椎間板ヘルニアやすべり症を引き起こすことになる。そもそも、腰椎椎間板ヘルニアもすべり症も、腸腰筋の弛緩不全が招いた結果に過ぎず、腰痛の原因ではない。ゆえに、腸腰筋の疲労をコントロールできなければ、どれほど優れた手術を何回受けようが、スポーツを続ける限り、何度でも腰痛を患うことになってしまうだろう。

実のところ、多くの整形外科医は、外科的治療を必要としない痛みに対しては、どこそこを鍛えれば良いという指導しか持ち合わせがない。だが、アスリートの抱える痛みの場合、本当は鍛えることを勧めるのではなく、症状を引き起こしている筋肉を弛緩させる方法をこそ、提案する必要があるのだ。
しかしながら、大変残念なことに、腰痛を引き起こす原因に無頓着な整形外科医は少なくなく、そのため、多くの場合、腰痛を抱えるアスリートに対して適切な指導がとられていない。実際、自らも腰痛に苦しむ整形外科医は多い。整形外科医の指導を仰ぎながら、それでも腰痛を悪化させていくアスリートが絶えないのは、筋力強化至上主義に陥ってしまった整形外科医の責任であると言っても、過言ではないかもしれない。

<アスリートの救済 その1-序論>

スポーツ界で活躍し、脚光を浴びるようになった選手が、その絶頂期に故障して第一線を退くのは、スポーツ界にとって重大な損失である。のみならず、故障さえしなければ、将来トップアスリートとして名を馳せる可能性を宿している少年少女たちが、訓練途上のつまらない怪我でその道を閉ざされてしまうのも同じことだ。この意味で、故障を予防するための方法には極めて重要な意義があるといえるにもかかわらず、意外とそのための方法は知られていない。その理由の一つは、怪我の専門家であるはずの整形外科医が、それら予防的手段に関して無頓着である場合が多いからかもしれない。

実のところ、整形外科医は、既に故障に至った症例をいかに治療するかに傾注している。ゆえに、その外来では患者が症状の軽重で分別され、日常生活に支障を来たさない程度の痛みであれば、治療の対象とはならないことも少なくない。ましてや、それがスポーツ活動時に限定された症状ならなおさらだ。ゆえに、そのような症状に対しては、休養を勧めたり、装具を処方したりするだけで終わってしまい、よくてせいぜい、テーピングの指導が行われる程度なのである。

しかしながら、アスリートにとって致命的となりうる靭帯損傷や半月板損傷、あるいは腰椎椎間板ヘルニアといった症状には、必ずその前段階があり、整形外科的に治療の対象とはなりにくくても、それらの病初期に適切な指導や治療が受けられさえすれば、彼らは故障せずに済むのかも知れないのだ。ここでは、整形外科的には異常がないなどといわれながら、それでも多少休んだ程度では軽快しない種々の痛みに対し、これをアスリート自ら症状軽減せしめる方法について、既に論じた<エビデンスのない話>をもとに詳細を述べてみることにする。