眠れぬ夜に思うこと(人と命の根源をたずねて)

<序>
近年、様々な分野で、現代社会の抱えた諸問題が臨界点に達しようとしており、例を挙げればきりがありません。
そして、こうした問題の根幹には、皆、個々の存在が抱えるエゴがあると私は推論しています。SHO

注)本ブログは、宗教的な内容も数多く含んでいますが、当方、既存の宗教団体とは一切関わりがないことを明言しておきます。


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<Medical Dynamic Stretchingの実際⑧救済>

 

引退したアスリートの危機
問診票で患者のスポーツ歴を調べるようになって、過去にアスリートとしての経験が濃密な患者程、引退後に急激な身体的不調を患っている傾向が強いということに気づかされた。おそらく、引退によって急速な神経伝達機能の低下を来し、アスリートとして築き上げた強靭な筋肉が弛緩不全を生じて、通常人よりも過大な負荷が骨格に加わることで、関節破壊を招いているものと考えられた。

鍛え上げた肉体が仇となる
特に顕著な破壊をみるのは腰椎と股関節だ。アスリートは、その競技能力が高ければ高い程、腸腰筋が発達しており、その弛緩不全によって腰椎と股関節に過剰な軸圧が加わることで、そこに破壊的な変化を来してしまう。つまり、かつて鍛え上げた筋肉が何らメンテナンスを受けることなく放置されている肉体程、骨格の異常を招いてしまうわけである。それは回遊魚が泳ぐのをやめると死に至る様によく似ているといえるだろう。アスリートは、引退後も安易に競技を絶つべきではないのかも知れない。

筋力強化の意義
さて、今回のシリーズでは、筋力強化が整形外科疾患の予防や治療にはほとんど役に立たないことを主張してきた。しかしながら、筆者が筋力強化を怠っているかと言えば、そうでもない。それは怪我の予防や病気の治療のために行っているのでなく、あくまで筋力強化のために行っているのである。つまり、健康のために筋力強化があるのではなく、健康以上の何事かを追求した先にそれがあるに過ぎない。そもそも、筋力強化は怪我や病気を引き起こす可能性が多分にあるわけで、アスリートなら誰もがそれを知っているだろう。怪我を負ってしまう可能性のある方法が、予防法や治療法として、ふさわしいはずがないのである。

まずは試すこと
ゆえに、安全性と汎用性が高く、かつ安価で効果的な予防と治療の方法はMDSだということができる。アスリートが肉体を鍛える際には、必ず間にMDSを挟むべきだ。他方、MDSは競技直前や競技中のインターバルに行うのも有用だ。それは速やかに肉体の疲労を取り除き、勝負を有利に運ぶだろう。また、引退したアスリートが肉体の崩壊を予防する方法としても最適である。MDSに関して、議論や躊躇は時間の無駄だ。まずはこれを試し、本稿の正当性を吟味していただくのみである。

<Medical Dynamic Stretchingの実際⑦注意点>

 

本当の治療とは
近年、インターネット上では柔道整復師たちが異口同音に、筋力強化が治療法として間違っていることを堂々と宣言し始めている。彼らは整形外科学に染まっていないので、自分たちの実感に基づいて筋力強化が間違っていることを悟ったのだろう。まじめに治療家として研鑽を積んでいれば、気づいて当然の話。本当は筋力強化ではなく、筋肉の弛緩を促すことの方が治療になるのだ。

排尿過多でも飲水を
今回のシリーズでは、MDSを有効に用いる条件として、水分摂取の重要性を繰り返し述べた。筋肉内に十分な水分が確保されるようになると、MDSの効果を得やすくなるだけでなく、その持続時間も長くなるのである。しかしながら、患者に水分摂取を促してしばらくすると、決まって「トイレに行く回数が増えて困る」というクレームを頂戴することになる。血管内脱水を生じると、人間の体は筋組織から水分を引き出して循環血漿流量にあてがうホメオスタシスが働く一方、水分を補給して血管内のオーバーフローを招くと、人体は直ちに排尿によってそのバランスを保つようになるためだ。かくのごとく、水分摂取に努めたからといって筋組織内の脱水が直ちに改善されるには至らず、日にちを要することになるので、本当は「トイレに行く回数が増えて困る」くらいでちょうど良いのである。但し、高血圧症を患っている患者の場合は注意が必要だ。頻回の水分摂取によって血圧が上昇してしまう場合があるからだ。このあたり、日本の政治と同じで、あちらを立てればこちらが立たずという具合に、人体のかじ取りをするのは困難を伴うといえるだろう。

嗜好品の害
また、コーヒーや緑茶のようなカフェインが脱水を招くという指摘に対し、アンダーバランスを補うべく、次々とカフェインを摂取すればそれで良いではないかという意見があるかも知れない。しかしながら、次々に飲み続けても、次々に体から水分を絞り出してしまうのがカフェインの怖さである。結局、眠っている間に水分を補うことができないので、慢性的に脱水が進み、筋組織内脱水に至るわけだ。それは勿論、アルコールの摂取も同じである。
経験的な話で恐縮だが、カフェインの摂取は脱水だけでなく、石灰沈着性腱板炎をも誘発する。石灰沈着性腱板炎の治療にはタガメットが有効であることは周知の事実だが、カフェイン摂取の制限を同時に行わないと難治化してしまう場合があるのだ。ゆえに、石灰沈着性腱板炎の場合、カフェインの制限と薬物療法に加え、二次的に生じた肩関節周囲筋の弛緩不全を水分摂取とMDS で軽減せしめる治療が必要となる。

生活習慣の改善を
総じて、カフェインやアルコールを嗜好する傾向があり、一日の摂取水分が各々の必要所要量に比して少ないタイプが整形外科の患者になりやすい。そこに喫煙習慣が伴えばなおさらだ。喫煙は筋組織内の血流不全を招くからである。筋肉に生じた弛緩不全が整形外科疾患を引き起こすという視点があれば、それらは至極当たり前の話ではある。しかしながら、今日の整形外科学にはそういう視点が欠けており、このために整形外科疾患を患う整形外科医も後を絶たない。ゆえに、ロコモの予防などと騒いでみたところで、整形外科医が筋力強化を治療だと盲信し続ける限り、今後も患者は順調に増え続けるに違いない。

<Medical Dynamic Stretchingの実際⑥頸椎>

 

フローズン・ネックの治し方
ある朝突然、起床時から首の痛みで頸椎が可動域を失い、借金があるわけでもないのに首が回らなくなってしまう病気がある。フローズン・ネックだ。小児の場合、リンパ節炎を原因とする炎症性斜頸であることも考えられるが、成人の場合、ストレート・ネックや後弯の重症化によって生じている場合が多い。それは斜角筋の弛緩不全によって生じているため、斜角筋をターゲットにしたMDSが著効するのであるが、初診時には筋組織内脱水が高じている場合がほとんどなので、無理やりMDSを試みるべきではない。急性腰痛症の場合も同様に、いったんは多めの水分摂取(体重50キロあたり1500~2000ml/day)を促し、筋組織内脱水の補正を行ってから、MDSを行う方が良い。筋組織内脱水の補正には最短でも二、三日を要するので、然る後にMDSを行うと良好な成果を得ることができる。その間は消炎鎮痛剤の処方もやむを得ないが、基本的には痛みに応じて安静を保つ必要がある。

MDSの前に脱水の補正を
実は、フローズン・ネックや急性腰痛症を患う症例では、大抵、線維筋痛症の診断基準を満たしている。これまでにも述べた通り、線維筋痛症は筋組織内脱水によって全身の筋肉に弛緩不全が生じている状態だと考えられ、フローズン・ネックや急性腰痛症では重度の筋組織内脱水が根底にある場合がほとんどなのだ。患者は、たまたま頸椎や腰椎に激痛を伴っているに過ぎず、本当は全身の筋肉に弛緩不全を生じている。よって、それらは、いかなる投薬よりも、水分補給が著効するのである。時折、年齢的に若く、これといった画像上の異常もなく、内科の病気があるわけでもないのに頑固な背部痛や側胸部痛を患う症例に遭遇する。実は、こういう症例もまた、筋組織内脱水を誘因としている場合が多く、脱水を補正して腸腰筋や斜角筋、肩甲骨周囲筋のMDSを行えば短期間に治癒に至るのである。

頸椎におけるMDS
では、斜角筋に対するMDSの詳細を説明しよう。まず、仰臥位をとり、頸椎の生理的前弯に沿うように頸椎後方に枕を入れ、下顎がやや上を向く軽度伸展位をとる。この姿勢から頸椎の屈曲、伸展運動を繰り返し行う。名前を呼ばれて頷く程度の小さな動きであることが肝心だ。次にいやいやをするように無理のない小さな動きで頸椎の回旋を行う。これはアシスティブに行っても良い。最後に、そうかしらと小首をかしげるかの如く小さく左右に側屈を行う。この動きはできない患者も多いので、アシスティブに行う方が良い。いずれも振幅は20度程度、10回ずつを5回通り行う。これを一日に数回行うと、斜角筋をはじめ、頸椎周囲の筋肉が弛緩する。痛みに応じてできるだけ小さな動きで行うことがポイントだ。運動のリズムは約2ヘルツ。このストレッチは肩こりや、交通外傷である頸椎捻挫の亜急性期以後の治療にも用いることができる。MDS施行の前後で斜角筋を押さえて圧痛の有無を比較してみると、このストレッチの効果が明瞭となる。基本的に神経根症状が強い場合、MDSは禁忌だが、痛みのない可動域で行うなら良いだろう。

薬物療法の意義
MDSは筋組織内脱水を補正してから施術するのがポイントで、脱水の補正に要するまでの期間は薬物療法でしのいでも良いだろう。しかし、筋肉の弛緩不全を改めずにペイン・コントロールのみに走れば、よからぬ結果を招くのが当然の帰結である。自然治癒力が円滑に働く環境を整えることこそ医師の仕事であって、医師が患者を治しているわけではないという謙虚な姿勢が治療家に必要なのだ。
痛みは生命が長い時間をかけて獲得した警報装置である。警報がやかましいからと言ってこれに蓋をすれば、将来の損失は過大とならざるを得ないのだ。消炎鎮痛剤やリリカ、トラムセットのような薬を安易に処方することは、警報に蓋をしてしまう行為に等しい。ゆえに、筋肉の弛緩不全が病気を招くという概念が全く顧みられることなく、これらの薬剤が用いられるのは大変危険なことだ。よって一日も早く、王様は自らが裸であることに気づく必要があるだろう。

<Medical Dynamic Stretchingの実際⑤前腕>

 

へバーデン結節の治療
ある病気で、手の外科の専門医から大学病院を紹介された挙句、そこでも装具を渡されただけで、歳のせいだから仕方がないと諦めるように言われた患者が当院を受診してきた。患者の病名はへバーデン結節。手指の遠位指節間関節に生じる変形性関節症だ。一般的には女性に多い変形性関節症なので、ホルモンが関係しているだとかなんとか、怪しげな理屈で説明を試みられている病気である。ありふれた病気であるにも関わらず、手術が不要であるため、リウマチと異なり、整形外科の外来では、さほど本気で取り扱われることがない。このため、関節の外固定以外に有効な対策がとられることがなく、患者は泣き寝入りを強いられる羽目に陥る。整形外科医は装具で固定していれば痛みが治まるのでそれで良いと思っているようだが、装具を外して生活をし始めれば再び症状を患うことになるのだ。
しかしながら、筋肉の弛緩不全が変形性関節症の原因であると考えれば、この病気に対する治療もさほど難しいことではない。遠位指節間関節に軸圧を加える力学的成分である深指屈筋に生じた弛緩不全をうまく改善させることができれば良いだけだ。

前腕筋の弛緩不全が引き起こす疾患
実は、前腕の筋肉群が手指のモーターを担っており、ここを弛緩させるだけで、多くの疾患を治癒せしめることができるのだ。<エビデンスのない話>で詳述した通り、弾発指は隣り合う中手骨の間にある骨間筋を弛緩させることが有効で、肘部管症候群なら尺側手根屈筋、ケルバーン氏病なら方形回内筋、テニス肘なら前腕伸筋群、野球肘なら前腕屈筋群のストレッチが有効だ。前腕の筋肉群をMDSで弛緩させることで、従来なら手術を避け難かった数々の症例が、手術を必要としなくなるのである。先のへバーデン結節の患者もまた、水分摂取とMDSによって、長年患っていた手指の痛みから解放されることになった。無論、変形それ自体が治癒するわけではないのだが、関節可動域を残したまま痛みの消失に至ったわけである。通常、へバーデン結節の症状がなくなるのは、関節破壊が進行して末節骨と中節骨が変形癒合に至った場合であるので、関節軟骨を残したまま、しかも装具なしで日常生活を送りながら症状が軽快するのは実に意義深いことなのだ。

前腕筋のMDS
では、具体的なテクニックを詳述しよう。まず、上肢を下垂位にし、手関節の掌屈背屈を振幅30度程度でぶらぶらと行う。リズムは2~3ヘルツ。次に肘関節を90度以上屈曲させ、前腕の回内、回外運動を行う。リズムは同じく2~3ヘルツ。そのままの肢位で手指の全関節で、屈曲、伸展運動をふわふわ行う。リズムはやはり2~3ヘルツ。最後に、肩関節で行った前後方向への振り子運動を行う。弾発指の場合、MP関節での内外転を繰り返す運動を加える必要があるが、これは多くの場合、自動運動が困難なので、他動的に行うと良い。リズムはやはり2~3ヘルツ。いずれも50回ずつ一日数回を行う。適切な水分量が筋肉内に確保されている限り、ストレッチが著効し、早ければ3週間程度で症状の軽減を実感できるようになるだろう。治癒に至る期間は約3か月から半年。自験例では、ケルバーン氏病のほとんどが手術を要さなくなり、弾発指は過半数が手術不要となった。当然ながら、年齢的に若く、病初期に治療を始めた方が成績が良く、治癒に至るまでの期間も短かった。

ぶらぶら体操が病気を治す
かくのごとく、MDSは自力で病気を治癒せしめる最良の技術だ。もし、一般的に紹介するなら「ぶらぶら体操」とでもすべきだろう。目下、野球選手は肘の障害を米国で手術してもらうのがトレンドのようだが、本当は手術をせずに越したことはない。前腕の筋肉群に生じた弛緩不全をMDSでコントロールしておけば、肘関節周囲に滅多な怪我を負うことはなくなるのである。MDSにはスポーツで生じた疲労を速やかに取り除く効果があり、インターバルに用いれば怪我の防止に役立つだけでなく、競技力の維持にも貢献できる。東京五輪までに、アスリートたちには是非伝えておきたいものである。

<Medical Dynamic Stretchingの実際④肩>

 

■予防手段としてのMDS
これまで治療法として紹介してきたMDSであるが、筋肉に生じた弛緩不全を解消するという効果に鑑みれば、MDSは怪我や病気の予防法としても効果が高いということが示唆される。実のところ、スポーツ選手が患う肩腱板損傷や膝前十字靭帯損傷、あるいは半月板損傷は、単なる不運によってもたらされているのではない。怪我に至るお決まりの道筋を辿っている場合がほとんどなのだ。故に、その道筋に変更を加えることができさえすれば、それらは全て回避できる可能性がある。

怪我のきっかけは弛緩不全から
バドミントンという競技を例にとってみよう。バドミントンでは中腰姿勢の反復によって、腸腰筋に疲労が蓄積されやすい。このため、腸腰筋に弛緩不全が生じ、その力学的な負担によって腰痛や股関節痛を患うことになる。仮に、痛みとして腸腰筋の異常を自覚できなかったとしても、腸腰筋にかかる負担を軽減させるべく股関節を軽度屈曲位に保つ姿勢の変化が生じ、その結果、膝関節も軽度屈曲位となって、大腿屈筋群や大腿四頭筋にも過剰な負担がかかることになる。大腿筋群に生じた弛緩不全は、当然ながら膝関節を破壊せしめる力学的な要因となるため、半月板や前十字靭帯損傷の誘因となるわけだ。

肩を壊すメカニズム
一方、腸腰筋は、シャトルを打つ力の源でもあるため、この筋肉が弛緩不全に陥って筋力を失うと、選手は上肢と上半身の力に頼って球を打とうとする。このため、インパクトの際に上体が早く開いてしまい、肩関節における適切な肢位が崩れて、腱板と腱板を構成する筋肉群に不自然な負担が加わるようになる。これが腱板損傷の引き金になるわけだ。もし、選手が肩に障害を抱えるようになれば、遠くない将来、肘関節や手関節をも痛めることになるだろう。肩関節周囲筋の弛緩不全のため、肩関節の十分な可動域が得られない状態で競技を続けることで、今度は前腕の回内外に頼ったプレーを行うことになるからだ。前腕の筋肉群に生じた弛緩不全が、肘関節、手関節に過剰な負担を加えることになるのである。

肩だけを治せば良いわけではない
よって、これらの怪我を未然に防ぐ、あるいは治療する場合、本当に必要であるのは関節周囲筋の筋力強化ではなく、弛緩である。即ち、MDSによる筋肉のメンテナンスこそ有用なのだ。アスリートの場合、上記の理由で症状の直接的な原因となっている筋肉を弛緩させるにとどまらず、腸腰筋のストレッチは必要不可欠だ。腱板損傷の場合、腱板を構成する筋肉群のMDSは従来の肩関節の振り子運動に類するが、基本的な運動は次の三種類である。

肩関節周囲筋のMDS
まず初めに肘関節90度以上の屈曲位で前腕を回外し、手掌を上に向け、脇を開かないように肘を側腹部に固定した状態でワイパーのごとく上腕骨を回旋させる運動を行う。リズムは1ヘルツ、振幅は片側30度程度。最大内旋位から行い、外旋は少なめに取った方が良い。
次に上体を軽度前傾し、上腕骨下垂位から上肢を左右に振る。この際、手掌は内転の運動方向に向ける。これも運動のリズムは1ヘルツで、肘関節及び手関節を象が鼻を振るかの如く柔らかく使うことがポイントだ。
最後に上体を起こし、やや患側に傾けた状態で上肢を前後させる。手掌の向きは前方の運動方向。これも同じく1ヘルツで肘関節を柔らかく使うことがポイントだ。いずれも痛みを伴わない限定的な可動域を用い、最低50回を行う。これを一日に数回以上、競技の前後に集中的に行うと良い。このMDSは五十肩の治療としても有用だが、アスリートの肩痛の治療として、より効果的である。

<Medical Dynamic Stretchingの実際③功罪>

 

筋力強化が治療になるのか
ここまでMDSの効用と筋力強化の弊害について論じてきたが、脱力が肝心だ、などと言ってみたところで、なかなか理解が得られぬ相手も多いに違いない。多分、その急先鋒は同業者である整形外科医だ。実際、筋力強化を目的とした現行の運動療法でも、それなりの治療効果が認められるからだ。ここでは、何故、既存の運動療法が筋力強化を目的としていても症状を改善させてしまう場合があるのかについて論じてみる。

歩くことは健康に良いのか
外来で患者からよく受ける質問の一つに、「歩くことは身体に良いのか」がある。簡単な質問のようだが、実は、この問いかけにこそ、なぜ、筋力強化を目的とした運動であっても良くなる患者がいるのかという謎を解く鍵があるのだ。外来では、定年退職後、突如健康に目覚めてウォーキングを始めた高齢者が、ウォーキング開始後ほどなくして膝や腰が痛くなって受診してくるというケースが珍しくない。その一方、同じように、歩く習慣を始めてから膝痛や腰痛が治ってしまったというケースもある。どちらも確実に存在するので、ありきたりの医師ならば、先の質問に対し、歩くことは身体に良いのだけれど、歩きすぎは良くないという返事でお茶を濁すことになるだろう。

歩行に潜む二面性
そもそも、歩くという行為は自重を運搬する行為であり、体の各関節と筋肉にとっては負荷となる側面がある一方、関節の屈曲、伸展に伴うダイナミック・ストレッチとしての側面もある。つまり、年齢や体重など各々の個別的要因によって、どちらの作用が強く表にでるかで、体に良いかそうでないかが決まると考えられるのだ。例えば、年齢が比較的若く、歩くという行為がさほど負担にならない場合、歩行に含まれるダイナミック・ストレッチとしての影響が強く表れるので、体には良いといえるが、逆に高齢であったり、肥満があったりすれば、ストレッチとしての効果より、負荷としての影響が強く表れることになるので、健康を害する原因になるということだ。

筋力強化が奏功しているわけではない
即ち、筋力強化を目的とした運動療法であっても、そこにストレッチの効果や神経伝達機能の活性化につながる影響が含まれているから、症状の軽減をみることができるというだけの話であって、筋力強化によって症状が改善するわけではないのだ。とはいえ、こうした運動療法でも症例を選べば、それなりに良い治療成績をあげることができるので、目下、筋力強化が良いと信じられているに過ぎないのである。ゆえに、本当は筋肉にかかる負担を排し、最初から筋弛緩を得ることに徹した運動療法であるMDSを行う方が、治療として効率が良いのである。Medical Dynamic Stretching(MDS)と名付けた理由がそこにある。

MDSの功罪
MDSには将来の整形外科疾患を激減せしめる可能性があり、整形外科医と製薬会社、そして柔道整復師の利益を損ねることになるだろう。しかしながら、学会でかくのごとく論じようものなら、袋叩きにされるか、無視されるのがオチである。それは、カルト教団に教義の間違いを指摘するようなものだからだ。王様は裸だと指摘するのは厄介な仕事なのである。よって、まずは整形外科医の治療に失望し、本当の治療を求めている気の毒な人々のもとに本稿が届くことを祈るのみだ。

<Medical Dynamic Stretchingの実際②膝と腰>

 

ダイナミック・ストレッチとMDSの違い
現在、ダイナミック・ストレッチはスポーツ前の準備体操のような位置づけにあって、医療現場でそれほど用いられているわけではない。なぜ、この方法に筋肉に対する弛緩作用があるかといえば、それは筋肉の収縮と弛緩とをコントロールする神経伝達機能の活性化が促されることによると考えられる。例えば、肘関節の屈曲を行う場合、主動筋となる上腕二頭筋には収縮を促す信号が中枢より送られる一方、拮抗筋である上腕三頭筋に対しては、抑制性の信号が送られることで滑らかな屈曲運動が可能となる。よって、関節の屈曲、伸展を交互に行えば、拮抗筋を演じる際に抑制性の信号が蓄積されて筋肉が弛緩すると考えられるのだ。この原理を応用し、より効率よく筋弛緩を得るように改良を加えたものがMedical Dynamic Stretching(MDS)である。MDSでは、主動筋を演じる際の負荷を軽減し、筋肉に疲労を蓄積させない状況で行うことになる。即ち、力んでしまわないよう限定的な関節可動域で、重力負荷を可能な限り軽減した状態で関節の自動ないし他動運動を行うわけである。脱力を目的とすることを徹底した上で、関節の屈曲伸展、あるいは内外転、回旋運動を反復する。この際、自動運動が困難であれば、アシスティブに行っても良い。反復する回数は最低50回からで、50回を行って特に問題がなければ100回以上を行う。適切な脱力のリズムを保つことができるなら、200回、300回と、行った回数の分だけ効果を得ることができる。

大腿筋群のMDS
具体的な方法を例示しよう。小児のオスグッド病や、変形性膝関節症の治療として有用であるのが、膝関節で行うMDSで、ターゲットは大腿四頭筋だ。まず、膝90度屈曲位で腰かけても両足が床に届かない十分な高さのある場所で、やや深めに腰かけ、膝屈曲120度を行っても踵が触れないだけの十分な後方のスペースを確保する。大人の場合、椅子に腰かけるのではなく、机やダイニング・テーブルに腰かけると良いだろう。この状態で、下腿を前方に30度、後方に30度の振幅でぶらぶらと振り子のように動かすわけである。大腿四頭筋をターゲットにする場合、屈曲を意識して動かし、伸展時に脱力を意識する。膝関節においては一秒間に一往復、即ち1ヘルツのリズムが基本となるが、関節の部位や運動の種類によって、それより少し速い場合と遅い場合がある。MDSの施行前に予め筋肉の圧痛の度合いをみておくと、後で治療効果の程を確認できる。アスリートの場合、競技前に500回、競技後に500回繰り返すと良いだろう。アスリートでない場合は、一日トータル500回程度を目標に据えると良い。

仰臥位で行う腸腰筋のMDS
次に、小児の単純性股関節炎やアスリートの腰痛、鼠蹊部痛、腰椎分離症、成人の変形性股関節症、腰椎椎間板ヘルニア、変形性腰椎症などに対して有用であるのが股関節で行うMDSで、ターゲットは腸腰筋だ。股関節及び膝関節伸展0度(屈曲0度)で仰臥位をとり、両足を肩幅程度に開脚する。その状態で、股関節における内旋運動を反復させる。腸腰筋には股関節の外旋作用があるので、内旋を意識して動かし、外旋時には脱力を意識する。股関節の回旋運動は屈曲伸展運動より少し速いリズム、1.2~1.3ヘルツで行う。
ちなみに、この運動は大腿部の筋肉群にも弛緩作用があり、鵞足炎には膝関節で行うMDSと併せて行うと効果的だ。最初は50回を行い、動きが滑らかで特に痛みを生じないなら、そのまま100回以上行う。アスリートの場合、膝で行うMDSと同様に競技前に最低500回、競技後最低500回が必要だ。高齢者であっても、一日トータル300~500回を目指す必要がある。

座位で行う腸腰筋のMDS
一方、股関節に屈曲拘縮が進み、股関節伸展0度(屈曲0度)をとることが困難な高齢者の場合、先の運動の代わりに足元を肩幅程度に開いて椅子に浅く腰かけ、股関節90度、膝関節90度屈曲位をとり、足元を床に固定した状態で両膝を外側に倒す運動を繰り返すと良い。股関節外転を意識しながら行うのがポイントで、両膝を内側には倒さないようにする。椅子から立ち上がる際に腰痛を伴う患者の場合、この運動をしばらく繰り返してから立ち上がるようにすると、難治性の腰痛を軽減もしくは消失させることができる。旅行者が長時間座位での移動を強いられるような場合、特に推奨される。運動のリズムは、膝関節でのMDSのリズムより少し遅めで、0.7~0.8ヘルツ程度が望ましい。これは、回旋運動よりも内外転の運動の方が大きくなることに由来する。多忙な者、気持ちに余裕のない者ほど、リズムが速くなってしまい、運動時に力が入って十分な効果が得られない場合があるので、注意が必要だ。
腸腰筋のストレッチを行う場合、上記の運動を両方行うことで、十分な効果が得られるが、腸腰筋の弛緩不全から二次的にタイト・ハムストリングスを生じているような場合は膝関節でのMDSも行う必要がある。

MDSは組み合わせて用いる
多くの場合、複数のMDSを組み合わせて単一の疾患に対応することになる。例えば、変形性膝関節症であれば、膝関節をまたいでいる筋肉の弛緩不全がその原因であるため、大腿筋群のストレッチと同時に下腿筋群のストレッチが必要になるという具合だ。下腿筋群のストレッチは、仰臥位で足関節の直下に枕を入れ、足関節を20~30度の振幅で底背屈を繰り返して行う。関節が小さくなると、運動のリズムもそれに応じて速くすべきで、足関節のMDSは2~3ヘルツで一度に100回以上、一日数回行うと良い。これは足趾におけるMDSと組み合わせて行うことで、小児のセーバー病、アキレス腱周囲炎、足底腱膜炎、腓骨筋腱炎、有痛性外脛骨症、外反母趾などに効果がある。足趾でのMDSは、屈曲伸展運動の他、内外転も有用だ。モートン病や外反母趾には足趾の内外転を行う運動が有効だが、動きがぎこちなくなってしまう場合がほとんどであるため、他動的に行う方が効果的だ。

筋組織内脱水と線維筋痛症
もし、上記の方法で効果が乏しい場合、あるいは痛みがひどくなるような場合、筋組織内脱水の存在が示唆される。鎖骨のすぐ下にある第一肋間を押さえて強い痛みを生じるようなら、そう考えてまず間違いがない。そのような場合、体重50キロあたり一日1500mlの水分摂取を確保し、カフェインやアルコールなど、利尿作用を含む飲料水の摂取を制限する必要がある。アスリートであるなら、発汗量に応じて適宜増量が必要だし、それは授乳婦でも同様である。かくのごとく飲水習慣を改善して数日後に再度MDSを試みれば、良好な結果が得られるはずである。逆に言えば、筋肉の弛緩不全のリスク・ファクターが、筋組織内脱水であるということができるわけだ。以前にも指摘した通り、線維筋痛症は、この筋組織内脱水が元で全身の筋肉に弛緩不全を生じた状態だと考えられ、その治療は適切な水分の摂取によって成し得る場合がほとんどだ。数日間かけて水分摂取を行った後、症状の強い筋肉に対してMDSを施せば、症状は激減、ないし消失する。難治例に共通するのは、罹病期間が長期化して、あれやこれやとやとクスリ漬けにされていたことだった。そのような症例では、MDSによって筋弛緩を得ても、脳がそれを認識できなくなってしまっているようだった。

痛みは警報装置
人体の警報装置である痛みに対して、痛み止めで以てそれに蓋をすることばかりしていると、そのしっぺ返しを食らうことになるのは必至なのだ。そういう意味で、今日みられるようなリリカやトラムセットの濫用は、医師の手によって病気を長引かせ、関節破壊を助長せしめる恐れが過分にあり、嘆かわしいことこの上ないといえるだろう。

<Medical Dynamic Stretchingの実際①序論>

 

既存概念をを疑え
一般的に整形外科医は、変形性関節症の予防や治療の方法として筋力強化を推奨している。関節周囲の筋力強化で、関節の運動を力学的に安定に保つことができるからというのがその主な理由である。これは、筋力低下と変形性関節症とは互いに関わりが深い(相関係数が高い)ということが学術的に証明されているため、まかり通っている理屈である。確かに、レ線学的に明らかな変形を認める症例が高齢者に偏るのは当たり前で、高齢者においては筋力が低下しているのも当たり前だ。つまり、両者の相関係数は、調べるまでもなく高くて当然の話ではあるのだが、しかし、だからと言って、果たして変形性関節症の原因を筋力低下であると結論づけて良いものなのだろうか。

ある仮説
ここで、これまで<エビデンスのない話>で論じたように、変形性関節症の原因を、その関節をまたいでいる筋肉に生じた弛緩不全であると仮定する。すると、変形は筋肉の柔軟性の喪失によって、過剰な軸圧が関節に加わることで生じた関節破壊の結果であると説明できる一方、筋力低下は、弛緩不全によって筋肉内の縮みしろが少なくなることで生じた現象だと説明できる。つまり、筋力低下も変形も筋肉に生じた弛緩不全の結果であって、筋力低下を変形の原因だとする結論は間違っているということができるのだ。

Disorders of muscle relaxation という概念
事実、外来診察時のわずかなやりとりの間に行うMedical Dynamic Stretching(MDS)で関節周囲の筋弛緩を得た患者の関節痛は著明に改善するが、筋力強化の指導を受けた患者の関節痛がその場で改善することは皆無だ。目下、変形性関節症の予防と治療といえば筋力強化が当たり前だと考えられ、階段の上り下りで膝痛を生じている高齢者に対してですらスクワットが推奨されているのが現状だが、これは素人目にも奇妙な話である。
土台、高齢者の体をどうこう鍛えたところで、期待されるほどの筋力改善がみられる前に、症状の悪化を来たすのが落ちである。高齢者の筋肉に対しては、弛緩を促した方が速やかに筋力を回復し、痛みも治まるのである。では、何故かくも愚かな治療が当たり前となってしまったかといえば、それは先述した通り、原因と結果とを取り違えているからだ。筋力低下は結果であって原因ではない。そして、そのような勘違いを引き起こした根本原因は、今日の整形外科学に、筋肉の弛緩不全(Disorders of muscle relaxation)という概念が欠落しているからではないだろうか。今まさに学会は裸の王様のごときである。

アスリートの怪我
かくして、この世紀の勘違いは患者を量産するのに多大な貢献を果たしているわけであるが、筋力強化が関節に良いとする理屈は、変形性関節症の患者に対してのみにとどまらず、アスリートの怪我の予防法としても取り入れられているので厄介だ。大体、日夜筋力トレーニングを重ねているスポーツ選手の怪我の原因に筋力低下をいうのは的外れも甚だしいのであるが、あれやこれやともっともらしい理由をつけてこの治療がまかり通っている。実のところ、アスリートの怪我の予防に対して必要であるのもまた、筋肉の柔軟性を獲得する適切な弛緩であって、強化を目的として負荷を加えることではあり得ない。高齢者の筋肉に生じた弛緩不全が廃用性であるのに対し、アスリートのそれは疲労性であるというに過ぎない。実際、少年少女の患う骨端症や、スポーツ障害に対しては、MDSによって驚くほどの成果を得ることができる。患者は外来診察時の数分間で劇的に症状が緩和してしまい、時にはそのまま治ってしまう症例もある位だ。罹病期間が短ければ、スポーツを続けながらであっても、三日ないし三週間で、ほとんど治癒してしまうのである。

スタティック・ストレッチは怪我を予防しない
通常、ストレッチといえば、スタティック・ストレッチと呼ばれる方法が広く行われている。これは、関節の過屈曲、過伸展、あるいは過内外転、過回旋によって、筋肉を牽引して行われるが、残念ながら、このストレッチは怪我の予防に寄与しないという事実が既に報告されている。それは多分、このストレッチが筋膜や関節包を伸長させているだけで筋肉の弛緩に貢献するものではないからだろう。一方、ダイナミック・ストレッチを応用したMDSは筋組織を弛緩させる働きがあると考えられ、怪我の予防のみならず、疲労回復とパフォーマンスの向上においても効果がある。それはまさに革命的で、このノウハウが一般認知されるようになれば、オリンピックでの我が国のメダル数は激増し、将来の変形性関節症患者も激減せしめることになるだろう。よって、次の章ではMDSの基本的なメカニズムと実際について論じてみることにする。

<膝痛に大腿四頭筋訓練の摩訶不思議>

 

患者を量産する大腿四頭筋訓練
これまで<エビデンスのない話>で述べてきたように、変形性膝関節症の直接原因は、膝関節をまたいでいる大腿筋群や下腿筋群の弛緩不全に相違ないと考えられる。よって、大腿四頭筋に負荷を与える訓練で、治療上、逆効果となるケースが生じても何ら不思議はない。実際、外来ではテレビに出演した著明な整形外科医の指導するスクワットを真似たり、他院で大腿四頭筋訓練を指導されて膝痛を悪化させた患者の来院が後を絶たない。そして、そういう患者に大腿筋群のMedical Dynamic Stretching(MDS)を施すと、その場で患者の痛みは激減するのである。その様はあまりに霊験あらたかで、わざわざ統計をとって、大腿四頭筋訓練と治療効果の程を比較するのが馬鹿馬鹿しい位だ。MDSの効果がかくも絶大であるということが、とりも直さず、大腿四頭筋訓練が変形性膝関節症を予防し、ひいては膝痛を軽減するという理屈が妥当性を欠いており、筋肉の慢性弛緩不全こそが、変形性関節症の直接原因であることを証している。では、どうしてこの大腿四頭筋訓練が、これまで疑われることなく推奨されてきたのだろうか。

荷重軸の補正という概念
もともと、整形外科学はレントゲンをはじめ、画像診断技術の進歩と歩みをともにしてきた学問である。このため、学会発表も、画像上の異常を解析して薀蓄を垂れるのが手っ取り早い。実のところ、変形性膝関節症のレントゲンを眺めていれば、O脚やX脚がその発生要因になりそうなことは誰でも察しがつく。そこで、整形外科学の黎明期に、それを裏付けるべくレ線所見の解析が行われたのだ。その結果、O脚、X脚では、関節の中央を通るべき荷重軸が、それぞれ内側寄り、外側寄りにずれてしまっていて、関節軟骨にかかる力学的な負担の偏りが生じて変形を生じるという結論が導き出された。つまり、変形性膝関節症を予防するには、膝関節に荷重軸を近づける必要があると結論されたわけである。そこで言われ始めたのが大腿四頭筋訓練だ。膝伸展筋を強化することで、この荷重軸のずれを軽減できるという理屈である。

歳のせいだと云う代わりの筋力低下
しかしながら、実際には、生来のO脚、X脚を持たず、その骨格が全く正常であっても、変形性膝関節症の患者と同様の症状を訴える患者が多数存在する。即ち、O脚、X脚は、変形性膝関節症に至る個別の素因に過ぎず、直接の原因ではあり得ない。それどころか、そもそもO脚、X脚は、筋肉の弛緩不全のアンバランスに由来した成長障害の一種とみなすこともできるし、高齢者のそれは、筋肉の弛緩不全によって生じた関節破壊の結果だともいえる。ゆえに、骨格に異常のない患者に大腿四頭筋訓練を施したところで何ら得るところはないはずなのだ。ところが、荷重軸の補正に関する理屈とともに、大腿四頭筋の筋力低下が関節の不安定性を招き、それが元で変形性膝関節症が生じるという結論が導き出されたため、O脚、X脚のあるなしに関わらず、膝の治療と言えば大腿四頭筋訓練と、不動の地位を確立するに至ったのだ。
だが、これは先に結論ありきの謬説である。変形性関節症の原因を、歳のせいだという代わりに筋力低下だとのたまってみただけの話なのだ。だから、変形性関節症の原因は、是が非でも筋力低下なければならず、かくのごとき屁理屈が辻褄合わせにこしらえられたに過ぎないのである。

大腿四頭筋訓練が効く理由
確かに、側副靱帯損傷に起因する側方動揺性が顕著であれば変形は進行するだろうし、大腿四頭筋訓練は、膝関節の安定性の維持に関し、一定の効果はあるだろう。そこに科学的な根拠を見出すことも難しくはない。また、大腿四頭筋の筋力が膝関節の機能にとって、重要なファクターであるという認識そのものに異を唱えるつもりもない。しかしながら、現実的には、目立った側方動揺性がなくとも変形は進行するし、何より、この訓練で多くの患者が膝痛を増悪させてしまう。それらを例外として片づけてしまうにはあまりに高率で、この理屈の矛盾を指摘するための反例としては十分なはずであるが、この大腿四頭筋訓練が功を奏する場合も少なくないから事は厄介なのだ。逆説的なようだが、力を入れる練習の反復は、時として力の抜き方の練習にもなり得る。また、膝関節に動きを与えるエクササイズであれば、筋肉の収縮と弛緩をコントロールする神経伝達機能を活性化させることになり、MDSほどではないにしても、それに近似した効果の得られる場合もある。こうした理由で、大腿四頭筋訓練は多くの矛盾を内包したまま、整形外科の歴史の中で生きながらえてきたと考えられるのだ。

大腿四頭筋訓練の変遷
さて、この大腿四頭筋訓練、その強化方法にも、いくばくかの変遷がある。もともと日常生活動作が誘因となって膝を患う高齢者に筋力強化を促すことになるので、当初、できるだけ関節に負担の少ない方法が考案されるに至った。それが、免荷状態における膝伸展位で大腿四頭筋に力を入れる等尺性運動である。それ自体は日常生活にはない運動であり、関節に荷重するわけでもないので、その効果や危険については、ほとんど顧みられることなく推奨されてきた。ところが近年、筋力を強化するという目的には、等尺性運動よりも、CKC(閉鎖性運動連鎖)であるスクワットの方が好都合であるというエビデンスが報告された。これにより、日常、階段の上り下りで膝を痛めたお年寄りを相手に、スクワットが指導されるようになったわけである。その結果、膝痛を抱える多くのお年寄りたちは絶望に打ちひしがれることになった。立っているだけでも痛みに耐えかねているというのに、スクワットなど、できるはずもないからである。

筋力低下の原因は筋肉の弛緩不全
風吹けば桶屋が儲かるという理屈もここに極まれり。素人が考えても奇妙奇天烈、矛盾の明らかなこの治療、賢明な医師なら疑って然るべきであったにもかかわらず、そうはならなかった。何故、それが疑われなかったかといえば、それはやはり、整形外科医が、外科医であるからだろう。外科手術後の患者は押しなべて体に力を入れる方法がわからなくなっており、リハビリは専ら筋力強化とならざるを得ない。ゆえに、外科手術に携わる医師の視点では、筋力強化こそがリハビリであって、筋肉の弛緩を促すことが治療であるなどとは、思いもよらないのである。高齢者の筋力が弱いのは、弛緩不全のゆえに縮みしろが少なくなって力が出せないだけなのだ。だから、筋肉を鍛えるより、その弛緩を促した方が速やかに力が出せるようになるのである。MDSが大腿四頭筋訓練より、はるかに効果的であるのは、そのためなのだ。にもかかわらず、膝痛には大腿四頭筋訓練というこの理屈、学会ではエビデンス・レベルが高い、即ち信頼度が高いなどといわれている始末だ。この方法が無批判に推奨されてきた歴史を整形外科医は大いに反省材料にすべきであるし、遠くない将来、そういう時代が到来することになるだろう。

原因と結果との取り違えがもたらした過ち
結局、何が間違っているかといえば、変形性膝関節症の原因と結果を見誤っていることにつきるだろう。レ線所見にみられる異常も筋力低下も筋肉の弛緩不全が招いた結果であって原因ではない。にもかかわらず、原因である筋肉の弛緩不全を悪化させる恐れのある方法が治療として選択されていることが問題なのだ。その結果、最終的に明らかな矛盾を露呈してしまったのが、この大腿四頭筋訓練ではないだろうか。筋肉の弛緩不全という概念が整形外科学に存在していないことが諸悪の根源なのである。

 

 

<線維筋痛症の予防と治療>

 

線維筋痛症の正体
近年、有名アナウンサーの自殺によって、線維筋痛症という難病が巷でも広く認知されるようになった。この病気、一般的に診断が難しく、原因も不明で治療困難とされているのだが、これまで<エビデンスのない話>で論じてきた筋肉の慢性弛緩不全という概念で以って理解を試みれば、さほど難しい病気とは言えないかも知れない。町医者の素朴な実感でいえば、この病気の本態は、慢性的な脱水状態をその根本的な原因とする、全身の筋肉に生じた弛緩不全と、脳脊髄液圧減少症との合併症だといえる。

血管内脱水と筋組織内脱水
通常、臨床的に問題とされるのは急性の血管内脱水であるが、実は慢性に推移する筋組織内脱水もある。この慢性の筋組織内脱水は、日々の水分摂取量の多寡や、嗜好する飲料水の種類といった諸々の生活習慣に起因する。我々の周囲は、アルコール類やカフェイン類など、利尿作用の強い飲み物や調味料、食材で溢れており、それらの過剰摂取に対して無頓着でいると、知らぬ間に脱水が進行してしまう場合があるのだ。また、一部の降圧薬の長期服用に伴う医原性の脱水もある。勿論、脱水は排泄過多に伴うものばかりではなく、発汗や授乳によって、必要とされる水分量が増大しているにも関わらず、それに対して十分な水分摂取が行われないことによっても生じ得る。筋組織内脱水は筋肉の弛緩不全を誘発するので、慢性的な脱水状態は全身の筋肉に弛緩不全を生ぜしめることになる。わかり易く極端な話をすれば、全身の筋肉が、生きながらにして鰹節のごとく硬化、ミイラ化していくわけである。

Medical Dynamic Stretchingによる治療
実際、外来では、こうした慢性の脱水症を誘因とした症例に出くわすことがあり、そういう患者は全身のあちこちに痛みを患っている場合が多い。だが、それらの症状に対しては、脱水を補正した後、症状のある筋肉に対してMedical Dynamic Stretching(MDS)を施行することで、そのほとんどが顕著に治癒傾向を示すのだ。加えていえば、その種の患者は、ほぼ全例、線維筋痛症の診断基準を満たしてもいるのである。あるいは脱水がその直接原因でなかった場合であっても、筋肉の慢性弛緩不全という概念を受け容れ、そこに至る他の要因を追究することで、この疾患の特徴的な症状や所見の多くを、過不足なく説明し得ると期待されるのだ。

木を見て森を見ぬ現代医学
現代医学では、やれ遺伝子がどうした、フリーラジカルがどうしたなどと、とかく木を見て森を見ずといった類の研究が行われやすい。だが、そうした研究のスタイルだけでは、線維筋痛症に限らず、個別の素因で多様性を示す病気の根本原因を突き止めるのは難しくなってしまうのではないだろうか。診断の基本は、一元的に病因を考えることにある。そうであるなら、今後の整形外科領域、否、整形内科領域の研究に必要なのは、理論物理学にみられるような研究のスタイル、即ち、より普遍的に病状を説明し得る仮説を打ち立て、これを実験的あるいは臨床的に検証していくことだろう。

罹病期間の長期化が難治化を招く
結局のところ、線維筋痛症はそのほとんどの場合、筋組織内脱水の補正によって治癒せしめることが可能である。もっとも、これまでに遭遇した難治例に共通していたのは、初診時の段階で罹病期間が数か月以上に及び、前医から眠剤など心療内科領域の処方が施されていたことだった。つまり、この症状の原因が脱水だと見抜かれず、散々検査漬けにされた挙句、心療内科に回されてしまっていた症例に限って、治癒せしめることがかなわなかったというわけである。これらの症例においては、MDSによって症状のある筋肉に筋弛緩を得ても、その変化を脳が認識できなくなっているようだった。長い間、薬物によって症状を欺く治療が行われたため、好ましい変化もまた、脳が認識できなくなってしまっているのかもしれない。

医師は製薬会社の手先になるべからず
ここ数年、整形外科医は、リリカやトラムセットなど、患者から痛みを取り除くための薬物を次々と手にするようになった。だが、痛みはもともと人間の体が危機管理の手段として獲得した貴重な警報なのだ。にもかかわらず、その警報に蓋をしてしまう薬物を闇雲に使えば、人間の健康にとって、さらなる害悪をもたらすのは自明の理である。そういう認識を持たず、あたかも製薬会社の手先のごとく新薬を濫用することに、医師はもっと慎重になるべきではないだろうか。
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